融通無碍なトランプ大統領とは異なり、原理主義的なヴァンス副大統領(写真:Pool/ABACA/同通信イメージズ)
円高デフレから円安インフレへ。貿易収支、経常収支の変化から長期的なトレンドの大転換をいち早く予想した唐鎌大輔氏。日本人を貧しくしてきた原因は儲かっても賃上げしない大企業の「収奪的システム」にあることを喝破した河野龍太郎氏。注目の二人のエコノミストが、このほど対談形式で『世界経済の死角』(幻冬舎新書)を上梓した。
12時間の対談、さらに往復書簡のように数カ月やりとりしながら、ホットな論点を網羅したという。その中から、唐鎌氏には円安インフレの行方、河野氏には崩れゆくアメリカの覇権、その本質について話を聞いた。(聞き手:大崎明子、ジャーナリスト)
【唐鎌大輔編】「デジタル、保険・年金サービス、研究・開発……あらゆる分野で資金流出が続く日本の苦境、構造的な円安は不可避か」から読む
ヴァンス演説が意味するもの、アメリカ覇権の終わり
──河野さんは前著『日本経済の死角』で日本人がなぜ貧しくなったのか、について解き明かしました。今回は『世界経済の死角』ということで、方針の大転換で世界を揺さぶっているトランプ政権下のアメリカについて語っています。私が特に興味を持ったのはヴァンス副大統領の演説に注目された点です。
河野:これまで私はアメリカ景気について比較的強気でした。その理由はアメリカが唯一の「安全資産」を供給していることにありました。本来ならアメリカなど先進国から高い成長をしている新興国にお金が向かうはずなのですが、実際には、アメリカの景気を含めて世界経済に何か悪い兆しが出てきたら、新興国は安全資産である米国債に資金を振り向けます。
世界中の投資家が米国債を買うので、米国の長期金利は下がり、株価が下支えされるだけでなく、消費や投資が刺激されるのでアメリカの景気にプラスに働く。ドル基軸通貨制がこのメカニズムの背景にありますが、それが維持されているかぎり、アメリカ経済はショックに対して最も頑健で、簡単には不況に陥りませんでした。
ただ、弱い7月の雇用統計が出てきて、FRB(米連邦準備理事会)の利下げ観測が広がっても、米国の長期金利の低下は限られています。これは、ドル基軸通貨体制に疑念を持つ人が現れ、米国債を買う海外の経済主体が減っているからです。
実は2月以降、トランプ政権の中枢の人たちの話を聞くと、米国は通貨覇権の根拠となる覇権を維持していこうと考えていないようにも見えます。だから、海外からの資金流入が細っている。
今年2月のヴァンスのミュンヘン安全保障会議における演説を聞いて、アメリカ経済の長期的な見通しについて、私自身は疑念を持つようになりました。
その前にヘグセス国防長官が、「ウクライナの戦争は欧州の戦争であり、アメリカの関与は限られる、復興も欧州が担うべき」と発言したこともありました。ヴァンスのミュンヘン演説はドイツの連邦議会選挙の一週間前に行われましたが、内容は「欧州とアメリカの共通の価値観は崩れた」「極右の意見もちゃんと聞くべきだ」というものでした。
ヴァンスの演説はリベラリズムが行き過ぎたことへの批判ではなく、リベラリズムそのものへの懐疑が根っこにはあります。
彼のロジックは意外としっかりしています。すなわち、西欧ではリベラリズム(自由主義)をもとに市民革命が起きて王政や貴族制は崩れたけれども、メリトクラシー(能力至上主義)が暴走し、新たな支配層になった知識エリート層がグローバリゼーションを推し進めて経済格差が拡大した。
新たな支配層は収奪するばかりで被支配層を保護もせず、自己責任と切り捨てるだけだ。だから、リベラリズムにも懐疑的だし、グローバリゼーションを巻き戻さなければいけない──というわけです。
