「知の公共性」を巡り揺れている米ハーバード大学(写真:ロイター/アフロ)
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 補助金の削減や留学生の受け入れ停止など、トランプ政権は米国内の有名大学への締め付けを強めている。その中でも批判の矢面に立たされているのが名門ハーバード大学だ。なぜハーバード大がやり玉に上がっているのか。ハーバード大学ケネディ行政大学院ベルファー科学国際問題研究センターで地政学や国際開発について研究している栂野志帆氏の論考。

(栂野 志帆:ハーバード大学ケネディ行政大学院 ベルファー科学国際問題研究センター 政策研究補佐)

世界90位GDPに匹敵、8兆円の大学ファンド

 なぜハーバード大学がこれほど政治の嵐に巻き込まれるのか。その答えの一つは、同大学が持つ異常な経済規模にある。

 2023年から2025年にかけて、米ハーバード大学は激しい変化の波に巻き込まれた。アファーマティブ・アクションの違憲判決、ガザ情勢をめぐる学内抗議と反ユダヤ主義批判、そして現政権との対立を背景にした留学生の制限や連邦補助金の凍結。かつて「学問の聖域」とされた大学は、政治と社会の最前線に立たされている。

 この背景には、ハーバードという組織の特異な経済構造がある。2024年時点で同大学が保有する大学基金(エンダウメント)は532億ドル(約8兆円)に達し、世界最大規模の学術機関基金である。この規模は世界90位のGDPに相当し、一大学が一国に匹敵する経済規模の資金を管理していることになる。これは、ハーバード大学が教育機関であると同時に、税制優遇を受ける巨大な投資機関としての性格を併せ持つことを示す。

 ハーバード大学の年間運営予算は、2024年時点で約65億ドル(約9800億円)に達する。伝統的な財源としては、授業料、研究助成金、寄付金などが挙げられるが、近年とりわけ存在感を強めているのが、大学基金からの分配金である。

 その基金運用益のうち、24億ドル(約3600億円)が大学の年間予算を支えており、比率にして予算の37%に達する。20年前の21%、10年前の31%程度と比較すると、同大学の財政が基金運用に依存する度合いは年々高まっている。

 この大学基金は、ハーバードが設立したハーバード・マネジメント・カンパニー(HMC)によって運用されている。運用方針は、年間リターンのうち4.5〜5.5%を大学運営に充て、残りを再投資するというものだ。過去10年間の平均年間リターンは9.2%と高水準で、米年金基金の平均収益率約6〜8%を大きく上回る。

 ポートフォリオの内訳は、未公開株投資(プライベート・エクイティ)39%、ヘッジファンド32%、公開株式14%と、ウォール街の機関投資家を彷彿させる構成である。

 こうした財力は、教育支援にも用いられている。