二馬力選挙も選挙の収益化も、規制は先送りに
東京都知事選挙などにおいて、選挙と無関係な内容のポスターが大量に貼られたり、女性の裸体を貼り付けたポスターが掲示されかけたりするなどの問題が生じ、品位規定の強化が問われるようになった。
もちろん兵庫県知事選挙で顕在化した、他の候補者を応援する「二馬力選挙」や大量再生される動画と収益化を背景にした選挙運動など、公選法の想定しない選挙運動が目につき始めたことが問題意識にあるのはよく理解できる。
したがって品位規定強化は好ましいが、二馬力選挙も収益化も、偽情報を巡る問題もすべて法的拘束力のない附則に盛り込まれたのみである。
二馬力選挙も公選法の精神に抵触するのは明らかだが、違法事実の認定を含めた解決策の設計はそれほど自明ではない。偽情報や収益化の問題も同様だ。
前者は長く、対策が議論されてきたものの答えはでていないし、後者は収益化オフを外資系事業者も含めて求めていくのもそれほど簡単ではない。地方選挙もあわせれば、年中、日本のどこかで選挙が行われているからだ。またネットや配信に長けている政党とそうではない政党に二分され、政党間で合意に達するのが難しいという背景もあるだろう。
この難しい政局のなかではやむをえないといえなくもないが、このように難しい課題は総じて先送りされているのである。
実際、公選法改正案が衆院通過後も、千葉県知事選挙で二馬力選挙的な選挙運動が認められ、千葉県から遠く離れた兵庫県で「選挙運動」が行われるなどやはり制度の想定しない使い方は引き続き模索されている。
今夏の都議会議員選挙や参院選も例外とはいえないだろう。
選挙制度改革は政治主導というのがセオリーだが、政局で膠着したままでは、選挙制度に対する深刻な不信に繋がりかねない。
それだけに選挙制度を所掌する総務省は、現状把握の調査と規制の可否も含めて、方向性のシナリオを有識者等に議論させるべきだ。
現状は確かに石破総理がいうとおり、これまでにない「熟議」が行われ、国民の関心も政治に向いているように思われる。それ自体は好ましいといえる。だが、その結果が必ずしも国民にとって好ましいものになっていないとすれば問題だ。

最近はメディア環境の変化やインフレに伴う生活苦もあり、短期的な政策主題に関心が向きがちだ。本稿ではその影にかくれがちな政治とカネ、選挙制度改革について改めて取り上げた。他にも、社会保険料改革や高額療養費制度の行方など、複雑でわかりにくいが我々の生活に大きく影響する政策も議論の俎上にあがっている。
小欄でも引き続き解説していくが、読者諸兄姉も関心を向けてほしい。