
(西田 亮介:日本大学危機管理学部教授、社会学者)
政局で決まった前半国会
新年度(2025年度)予算が衆議院を通過した。予算の議決は衆議院の優越事項であるため、予算の成立は確実視される。
通常国会は毎年年始に召集され、会期は150日で、予算成立は前半戦の山場といえる。ハイライトを振り返ってみよう。
与党が少数派になる「宙吊り議会」の絶妙なバランスのもとで、29年ぶりに当初予算の修正が行われた。バランスをうまくとったのは、政権であり、自民党であった。
この半年間、良くも悪くも国民民主党が議題設定を主導した「年収の壁」対策に光があたった。所得税において現在の基礎控除と給与所得控除をあわせた103万円の控除が始まってから(ただし給与所得控除の収入比例部分の計算はもう少し複雑)、現在に至るまで物価や最低賃金は伸びているが、控除金額は事実上、据え置かれたままだった。
実質賃金低下が続き、国民生活が苦しいなか、控除もせめて最低賃金の伸び分に比例して178万円にするべきだ、というのが国民民主党の主張であった。
極めて明確でシンプルな主張である。
それに対して政府当初案は123万円への引き上げが提示された。
国民民主党は応じず、世論調査などで示される民意も国民民主党とその主張を支持するものであった。
それを受けるかたちで与党案として、年収ごとの4つの段を設け、年収850万円以下の世帯に対して、年収200万円以下世帯に対しては160万円まで政府案に上乗せして引き上げる案が示された(ただし、年収200万円以下層以外は2年間の時限付き減税、年収850万円超層においては上乗せ減税なし)。
◎“所得税の課税最低限を160万円に” 自民税調 法案修正を了承 | NHK
総合してみれば、所得税納税者の8割強において年2万〜4万円の減税になるので「中間層もカバーされている」というのが与党の言い分である。
◎減税、納税者の8割強 「103万円の壁」引き上げ与党案 | ニュース | 公明党
注目すべきは減税規模である。国民民主党案は減税総額7.3兆円。それに対して、与党案は1.2兆円規模に留まるという。
◎160万円への「年収の壁」見直し、納税者の多くは年2万~3万円の減税 : 読売新聞オンライン
「与党案は減税の格差が小さいため、国民民主党案と比べて公平である」と評価する声がある。同じ主張の別のバリエーションには「国民民主党案は高所得層の減税額が大きいため、不公平である」などと主張する声もある。
だが採択された与党案は国民民主党案のおよそ6分の1にとどまっており、そもそもまったくといっていいほど異なるスケールであることは特筆すべきだ。

先の読売新聞の記事の試算によれば、恒久減税となる年収200万円以下層の減税額も与党案は2.4万円、国民民主党案は8.8万円で大きな開きがある。低所得者に限ってみても小さな減税規模にとどまった。与党案は減税規模が小さいことから、格差も小さいが、恩恵も小さい政策になっているのである。
そもそも年収の壁対策は物価高対策と考えるべきで、物価高のしわよせが低所得世帯により厳しく現れていると捉えれば、低所得世帯の減税幅が小さくまとまるのであれば、「公平だから好ましい」と考える人はそれほど多くはないように思われる。
このような結果に終わったのは政局によるところが大きい。キャスティングボートを握る政党が国民民主党と維新のふたつあり、自民党は両者を天秤にかけることができる。
◎高校無償化など巡る自民党・公明党・日本維新の会の3党合意要旨 - 日本経済新聞
「三党合意」のなかには、あれだけ年収の壁対策に関心が向けられたにもかかわらず、明示的には一言も出てこない。
◎日本維新の会「2025年度予算案合意文書」
維新の一部からは、維新はあくまで三党合意の内容に「のみ」賛成しただけであるという「部分賛成」論が飛び出した。
だが予算案の採決において賛成、反対、ほかにあるとすればせいぜい欠席、退出ぐらいだろう。そして維新は衆議院での予算の採決において賛成した。
予算の採決において賛成しているわけだから、「部分賛成論」は政局における方便に過ぎなかったことが示されたことになる。
そして直後の維新の党大会では、次期参院選で「与党の過半数割れ」を目指す方針が決定された。
◎維新 党大会 “参院選で与党を過半数割れに” 活動方針を決定 | NHK
一連のアクロバティックな政局の流れに国民は翻弄されるばかりではないか。年収の壁対策にばかり関心が向きがちだが、数多の政策的課題が残っている。
そのなかでも、以下において、政治とカネの問題と公選法改正について取り上げておくことにしたい。