米国の豹変の裏にはロシアとの事前交渉も
月末の27日に至り、マクロンを追うように訪米した英首相・K.スターマーが米英首脳会談でトランプの説得を試みたが、どうやら失敗に終わる。
さらに28日(米時間)にホワイトハウスで行われたトランプとゼレンスキーの会談結果は周知の通りの惨状で、物別れと言う言葉が裸足で逃げ出すような大喧嘩を満天下に晒す結果になってしまった。
このように、米国がロシア・ウクライナ紛争への態度を文字通り180度変えたことで、ウクライナと欧州は振り回されっ放しになる。
彼らから出てくる溜息は次のように語っているようにみえる。
「トランプ登場が何らかの影響を及ぼすとは覚悟していたが、ここまで急激にかつ極端に変わるとは予想していなかった・・・」
振り返ってみると、2月12日の米露首脳電話会談は事前に同盟国にも通告されず、水面下でかなり周到に準備されていたようだ。
その1週間前の2月5日に、ロシア大統領報道官・D.ペスコフは、初めて米露間での接触を公式に認めた。
その後の、米露首脳電話会談の前日となる11日に、米国の中東特使・S.ウイットコフが、ロシアで拘束されていた米国市民1人をモスクワから連れ帰って来る。
後から分かったことだが、彼は10日にモスクワへ飛び、11日にプーチンと3時間超もの協議を行っていた。
トランプは彼が親しくする米紙へ、2月7日にプーチンと電話会談を行ったと語っている。
それが本当なら、彼がプーチンと直接話してウイットコフ訪露の件を打ち合わせたと見るのが妥当だろう。トランプ自身との合意でもなければ、プーチンが3時間以上も時間を割くはずがないからだ。
そしてそのプーチンとウィットコフの話の中身は、関係改善向け演出の拘束者相互解放を超えた部分にも及んだであろう。
両首脳の接触は今回の電話会談以前に始まっていたのか―― その質問を記者から受けたペスコフはあえてコメントを避けた。そのことから見ても、接触があった可能性は高い。
2月2日にプーチンは国営TVからのインタビューで、欧州はトランプに追随するしかなかろう、と発言している。
あたかもその後の米国の動きにウクライナと欧州が翻弄される状況を、前もって知らされて予測していたかのようだ。
大統領に当選直後の昨年11月7日に、トランプはプーチンと電話会談を行った、と当時の米紙が報じていた。
当選への御祝儀電話は他国の元首からも多々だったから、然して注意は向けられなかったが、その電話会談は大統領就任前からの両者接触に続くものだったのかもしれない。
米国内法(民間人の敵対国要人との接触を禁じるLogan Act)抵触の誹りを受けかねないから(実際に民主党は2016年にこれをトランプ攻撃の材料の一つに使った)、それが行われていたとしても当然極秘扱いだった。