マイナス金利の導入では、マイナス金利に好感して株価は大幅に反発した(写真:アフロ) マイナス金利の導入では、マイナス金利に好感して株価は大幅に反発した(写真:アフロ)

 インタビューの前編では、日本が失われた30年から脱却し、インフレに突入していったプロセスについて、渡辺努氏(東京大学大学院経済学研究科教授)に話を聞いた。とはいえ、買い物に行くたびに値札を見ては腰を抜かしそうになっている人は少なくない。結局のところ「値上げは嫌だ」というのが消費者の本音である。

 しかし、渡辺氏は「ある程度のインフレは正常な状態である」と言う。どの程度のインフレであれば許容範囲内なのか、私たち消費者はインフレに対してどのような姿勢をとるべきなのか──。『物価を考える デフレの謎、インフレの謎』(日本経済新聞出版)を上梓した渡辺氏に、話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

【前編】なぜ日本は30年にわたるデフレからインフレ基調に転換したのか?構造変化を促した二つの理由

──日本銀行のマイナス金利政策について、多くの研究者はネガティブな考えを持っているようですが、渡辺先生は書籍の中で「私の見方は違っています」と述べていました。マイナス金利のポジティブな側面について教えてください。

渡辺努氏(以下、渡辺):2016年1月に導入された日銀のマイナス金利政策は、約8年続き、昨年ようやく政策金利がプラスに転じました。

 けれども、今後、将来的に長いデフレが続くようなことがあれば、再びマイナス金利政策が導入される可能性があります。したがって、マイナス金利政策について、私たちはきちんと評価しなければなりません。

 多くの人はマイナス金利政策を嫌がります。その理由について、日銀が発行している銀行券、いわゆる通貨を例にとって考えてみましょう。

 財布の中に1万円札が入っていたとします。その1万円札の価値は、明日も明後日も1万円です。つまり、1万円札の金利はゼロです。

 1万円札に限らず、千円札も500円玉も金利はゼロであることが当たり前です。また、民間銀行が日銀に預金をするケースもありますが、このときの金利も伝統的にはゼロです。

 日銀が人為的に「金利ゼロ」という状態を作っているため、私たち生活者は「マイナス金利はおかしい」という印象を抱いてしまうのだと思います。

 一方で、プラスの金利は喜ばしいものです。誰かにお金を貸したら、実際に貸した金額よりも少し多めに返済してもらえるわけですから、世間に受け入れられて当然です。

 けれども、マイナス金利ではお金を貸しても、返済してもらえる額は実際に貸した金額よりも少なくなります。それでは貸し損だとなって、金利ゼロの1万円札をタンス貯金するようになります。

 マイナス金利では、貸し渋りが生じるのです。

──結局のところ、マイナス金利にはデメリットしかないように感じられます。

渡辺:社会の中にはさまざまな現象があり、プラスとマイナスが入り混じって存在しています。