ウクライナのゼレンスキー大統領(写真:ロイター/アフロ)
拡大画像表示

ウクライナでロシアに抗うチェチェン人指揮官

 現在、ウクライナ政府は義勇兵を積極的に受け入れている。そして、日本人を含めて現在ウクライナにはたくさんの国から義勇兵が集まっている。

 しかし、外国人義勇兵は戦争を外国で戦わなければならない。外国人である限り彼らの立場に脆い側面があるのは否めない。例えば、戦地で言語的な障壁は命に関わる。情報の伝達が遅れて制度へのアクセスが制限される場合もある。また、横のつながりの薄さから、ボランティアからの支援が後回しになってしまうことなどもあるだろう。

 彼らは外国での戦争をどのように生き抜いているのだろうか。筆者は外国人義勇兵でありながら指揮官にまで出世したチェチェン人を取材した。

チェチェン人義勇兵の車。独立チェチェンのステッカーが貼られている(筆者撮影)
拡大画像表示

チェチェン人義勇兵

 筆者は長くウクライナでチェチェン人義勇兵の取材を継続して行ってきた。

 チェチェン人は主にロシア南部チェチェン共和国に住む民族だ。チェチェンでは1994年から2009年まで、断続的にロシアからの独立を求めた戦争が起きた。この戦争によってチェチェン人の4人に1人が亡くなったと言われている。

 現在チェチェン共和国は、ロシア政府の傀儡として知られる、強権的なカディロフという首長によって支配されている。激しい戦闘は起きていないが、陰惨な戦争の傷跡は残ったままだ。多くの人がロシアからの独立を求めて様々な形で、ロシア政府に対する抵抗を続けている。

チェチェン共和国のカディロフ首長。カディロフ氏の私兵たちによる民兵部隊は、ウクライナ戦争でロシア側に立って戦っている(写真:ロイター/アフロ)
拡大画像表示

 その抵抗の一つが、ウクライナで戦うことだ。ロシアの体制に打撃を与えることは、間接的にチェチェン独立に繋がる。ロシアと戦いたい。チェチェン人義勇兵たちの心は固い。

 現在チェチェン人義勇兵はウクライナに100人から200人ほどいるらしい。だが、戦時中に正確な統計情報を得ることは困難だ。この数字はあくまでも推測である。