ロシア領内深部へのミサイル攻撃許可およびオレシュニクによる報復
このように地上戦ではウクライナ軍の敗勢が確実となり、軍が崩壊状態に追い込まれる中、米大統領選で敗北したバイデン政権が、核戦争の脅威も冒して打った最後の手が、米国製「ATACMS」(陸軍戦術ミサイルシステム、最大射程300キロ、音速の3倍以上で飛翔)および英仏製空中発射巡航ミサイルの「ストームシャドウ」(最大射程560キロ、音速の0.8倍)による、ロシア領内深部への攻撃許可であった。
ジョー・バイデン大統領は、11月17日に許可を与えた。英国は17日の週にストームシャドウ、フランスも同月23日に射程230キロの長距離巡航ミサイル「スカルプ」による同様の射撃許可を与えている。
それまで米英仏は、ロシアとの直接の戦闘、特に核戦争へのエスカレーションを危惧して、それらミサイルは供与していたものの、国境から100キロ以内の限定された地域への攻撃しか許可していなかった。
それをより深いロシア領内まで射撃する許可を与えたのである。
このようなNATO側の動きに対し、ロシア大統領府は同月18日午前、もしも米国が提供したミサイルがロシア領内の奥深くまで撃ち込まれるとしたら、ロシア政府はその場合、その攻撃は米国そのものによる攻撃と受け止めると声明で述べた(『BBC NEWS』2024年11月18日)。
2024年9月、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナによる長距離兵器の使用は紛争の性質を変え、NATOが直接の利害関係者になるだろうと述べた。
ウクライナは、NATO兵士の介入なしに米英から供与されたATACMSやストームシャドウ巡航ミサイルなどの兵器を使用することはできないと述べている(VIETNUM VN、2024年11月26日)。
具体的には、長距離の離隔した目標の情報をとり、それを射撃部隊に伝えて必要な暗号化したデータを入力し目標に命中させる技術やその要員は、ウクライナ軍にはその能力がなく、米英軍などが直接行わねばならないためとされている。
ウクライナは11月19日、ATACMSを初めて国境を越えて打ち込み、ロシア領内ブリヤンスクの武器庫を攻撃したことを、米当局者2人が初めて明らかにした。
6発が発射され、そのうち5発はロシアの防空システムが迎撃し、残り1発も損傷したとされている(CNN、2024年11月20日)。
これに対し、11月21日、ロシア南部アストラハン州から「オレシュニク」と呼ばれる中距離弾道弾が約900キロ離れたウクライナのドニプロに向けて発射された。
弾頭容器にはおそらく6個の弾頭が搭載され、それぞれの弾頭がさらに6個の小型弾頭を運んでいたということである。
それぞれが少しずつ異なる場所に飛んで行った。これは弾頭容器を操作して、異なる場所にミサイルを投下できたためとされている。
オレシュニク発射後にプーチン氏は演説し、この攻撃は、ウクライナによる米英製ミサイルを使ったロシア本土攻撃への報復だったと述べた。
そのうえで戦争が、世界的紛争にエスカレートする恐れがあると警告している(ロイター、2024年11月29日)。
日本時間11月22日未明のテレビ演説でプーチン氏は、この新型ミサイルは「マッハ10の速度」だとして、米欧の防衛システムで迎撃できないと主張した。
核を搭載していない極超音速ミサイルの実験で兵器を生産する軍施設を攻撃したと説明し、「実験は成功。目標は達成された」と述べた。
プーチン氏の演説後、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はSNSに「新型弾道ミサイルが使用された」と投稿した(『読売新聞オンライン』2024年11月22日)。
諸情報を総合すると、オレシュニクは音速の約11倍の速度で変則軌道を飛翔しほぼ正確に目標に命中したとみられる。
NATOには確実な迎撃手段がなく、6発の非核弾頭だったものの、各6発の小型弾頭を搭載し個別誘導され、その威力はTNT火薬約900キロトンに相当する破壊力だったとみられている。
弾頭は地中深く侵撤し地下100メートルの目標が破壊され、死傷者も出たとの情報もある。
最大射程は約3000キロとみられ、全欧州の都市を攻撃可能であり、ロンドンにも約19分で到達すると見積もられている。
さらに、ロシアは核使用のドクトリンも見直し、使用条件を緩和している。
11月26日のBBC放送は次のように報じている。
「プーチン大統領は先週、核兵器使用に関するドクトリン(核抑止力の国家指針)の改定を承認した」
「このドクトリンでは、核を持たない国が『核保有国の支援を受けている状態』で通常兵器やドローン・航空機を用いてロシアに『大規模攻撃』を加えた場合、ロシアは核兵器使用を検討する可能性があると警告している」
このドクトリン通りであれば、NATOの全加盟国は国内からロシアに「大規模攻撃」を加えた場合には、ロシアの核攻撃の対象になりうる。
日本も米国の拡大核抑止(核の傘)に依存しており、同様の立場になる。
まさに、米英仏などの核保有国のみならず、米国の核の傘に依存しているNATO加盟国すべてに対するロシアによる核恫喝と言えよう。
またロシア側は、核弾頭の運搬手段としてオレシュニクその他の極超音速兵器や弾道ミサイルなど、NATO側には阻止できない各種の投射手段も保有していることを誇示している。