「製造時のCO2排出量が多いから気候変動防止に役立たない」は本当か

 だが、価格の問題が解消されたとしても、BEVへの転換が一気に進むとは思えない。まずは充電の問題。集合住宅の多い都市部では駐車場に停めている時にバッテリーの蓄電量を回復させる普通充電のインフラがまったく足りていない。現状では一部を除き一軒家住まいのユーザーに限られる。

 出先で電力量を注ぎ足す急速充電も問題山積だ。BEVの急速充電というと30分1セットという概念が浸透しているが、最大電流350Aを流せる最高速タイプのものだと「1カ所で工事費、設備費含めて3000万円くらいかかる」(自動車ディーラー関係者)という設備を1台が30分占有するというのでは手頃な価格で充電サービスを提供するのは不可能だ。

写真:structuresxx/Shutterstock.com

 現在の日本のCHAdeMO規格充電器で最も高速なタイプを使用して高性能BEVを30分充電したときの電力量は約50kWh。1kWhあたり7kmの電費で走った場合350kmぶんだ。この電力量を5分くらいで充電できるようにならないと、回転を上げて設備投資の回収や運営費用を多くのユーザーに分散させることができない。

CHAdeMO規格の急速充電器CHAdeMO規格の急速充電器(筆者撮影)

 参考までに筆者が過去に行った走行テストにおいてロングラン燃費リッター27kmを記録したフォルクスワーゲン「ゴルフ8 TDI」の場合、350kmぶんの燃料補給にかかる正味時間は約20秒だった。この分野で現在最先端を走っているのはファーウェイが「1秒1km」をうたう超高速充電の実験を成功させた中国だが、先は長い。

 加えてBEVは耐久性についてまだ市場の信頼を得るに至っていないという問題もある。使用過程でバッテリーが劣化すると走行距離が短くなり、クルマとして不便になる。そんなクルマは中古車としての価値付けも難しくなり、下取り価格は当然暴落する。

 顧客がこの点を嫌うのは当然の心理である。自動車メーカーは耐久性を自ら実証する必要があるが、それだけでは足りない。バッテリー容量の表記を今の新品のものから最低でも8万km(5万マイル)、できれば16万km(10万マイル)走行時のものに変更して、ユーザーの不安を取り除くといった策が求められるところである。

 今日、BEVは製造時のCO2排出量が多いから気候変動防止の役に立たないという意見をしばしば見かける。これは半分うそだが半分は本当だ。

 ボルボは同社のコンパクトクロスオーバー「C40」について資源採掘から車両完成までをトータルで計算するカーボンフットプリントベースのCO2排出量を公表しているが、その中で中国製バッテリーセルを使った69kWhバッテリーパックの製造に伴うCO2排出量は7.4トンだった。16万km(航続400kmとして0→100%充電400回相当)走った場合、1kmあたり46.25gのCO2が最初から乗っている計算になる。

 それを走行時のCO2排出量の少なさで取り返していくわけだが、全電力のCO2排出量のミックス値が1kWhあたり485gの日本の場合、7km/kWhの電費だと69.28g/km。先ほどのバッテリー製造時のCO2排出量と合算させると115.53g/kmとなる。ガソリン車の場合リッター20.4km/リットル、ディーゼル車だとリッター22.7km/リットルだ。原油や石油製品の輸送、精油のぶんが乗るので実際にはこれより若干良い数値と均衡する。同じCセグメントクロスオーバーのハイブリッド車やディーゼル車と変わらない。

 ところが発電電力量1kWhあたりのCO2排出原単位が56gのフランスの場合、状況は一変する。同じく電費を7km/kWhと仮定すると走行時のCO排出量は8g/km。バッテリー製造時のCO2排出量との合算値は54.25g/km。ガソリン車の燃費でいえば43.5km/リットル。これは圧倒的だ。

 バッテリーパックの容量が小さいモデルやCO2排出原単位の低い国で製造されたセルを使えば、この数値はさらに向上する。半面、ろくに距離を乗らないクルマをBEV化するとバッテリー製造に伴う1kmあたりのCO2排出量は大きくなり、意味がないことになってしまう。BEVはまさに適材適所であることが分かるだろう。

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【井元康一郎(いもと・こういちろう)】
1967年鹿児島生まれ。立教大学卒業後、経済誌記者を経て独立。自然科学、宇宙航空、自動車、エネルギー、重工業、映画、楽器、音楽などの分野を取材するジャーナリスト。著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。