BEVがエンジン車と同価格まで下がらないのはなぜか
BEVは優れた走行性能や高い快適性などキラリと輝く長所と、航続距離の短さ、価格の高さなど相当にセンシティブな短所が同居する商品だが、最大のアゲインストは価格である。
政府から自動車メーカーに潤沢な補助金が出されている中国市場は例外として、BEVの価格は同格のハイブリッドカーやディーゼル車に比べて格段に高い。性能価格比でみればBEV黎明期に比べて大幅に安くなっているとも言えるが、絶対的に高価というのでは顧客層は限られる。その価格の高さを押してBEV購入を後押ししようというのが補助金である。
補助金の有無、額の多寡は当然消費行動にダイレクトに影響する。欧州でBEVの販売が一気に冷え込んだのはドイツをはじめ主要国が補助金をやめたり見直したりしたからだ。面白いことに、その欧州の中でこの9月、BEVが大幅に増えた国がある。ユーザーのBEVアレルギーが非常に強いという点で日本とよく似ているイタリアだ。
イタリアには2021年にプジョー・シトロエンと経営統合してステランティスとなる以前は独立系メーカーだったフィアットクライスラーがある。かつてルノーのカルロス・ゴーン会長の腹心だったステランティスのカルロス・タバレスCEOはフィアットを電動化ブランドにすることを目論んだが、皮算用は外れに外れ、主力の小型BEV「500e」を生産するトリノの伝統あるミラフィオーリ工場は操業中止、さらにリストラの危機に瀕している。
その500eを何とか売れるようにしなければ死活問題ということで、メローニ政権はトレンドに逆行してBEV補助金を新設した。その結果、乗用車全体では前年9月比10.7%減だったのに対し、BEVは29%増となった。大衆商品であるクルマの売れ行きがいかに価格次第であるかが浮き彫りになった格好である。
ドイツやフランスなど欧州を中心に補助金減額の動きがみられるものの、世界的にはアメリカ、日本、中国、インドなど、多くの国が依然として潤沢な補助金を出し、あるいは税制優遇を続けている。需要頭打ちと言われる現在の状況も補助金、優遇のブーストが利いた状態であって、本来のBEV需要は今よりもっと少ないと見ていい。BEVはそんな脆弱な基盤に立った商品なのである。
2016年にメルセデスベンツが「現在は100年に1度の変革期」と定義し、次の時代のクルマの概念として「CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)」を提唱したのと時期を同じくして、BEVがエンジン車と同価格、さらには逆転する時が数年で来るとの主張をいろいろなシンクタンクが提唱した。
それが達成されていれば状況は今とは違ったものになっていただろうが、現実にはそうはなっておらず、いまだに「2027年にはブレイクイーブンに」などと言っている。
なぜBEVの価格は下がらなかったのか。BEVが安くなるという説の背景には構成部品の中で最も価格が高いバッテリーのコスト削減が進むだろうという予測があった。実際はどうだったかというと、バッテリーコストは10年前に比べ劇的と言えるくらい下がった。
ところがここで10年前はあまり予想されていなかった事態が起こった。BEVのバッテリー搭載容量の平均値の方もうなぎ上りになったのである。せっかくのコスト低下の一部を容量拡大が相殺してしまったのだ。
もっともバッテリーは積めば積むほどいいというものではない。不必要にバッテリーを大量に積めば重量がかさんでクルマの性能をかえって低下させてしまうし、製造時のCO2排出量も増える。
日産自動車のクロスオーバーBEV「アリアB9 e-4ORCE」のバッテリー容量は91kWhと、同社が2010年に発売した第1世代「リーフ」3.8台分である。このバッテリーで電気モーターに394馬力を発生させるだけの電力を余裕で供給できるのだから、新たな電極材料の考案や全固体電池などで高密度化が進むとしても、その容量は現在のBEVのさらに2倍、3倍といったオーダーにはならないだろう。そろそろ価格低下の方に動いてもいい時期が来ているのだ。