2.米国による経済安保政策運用緩和の実態

 米国政府によって厳しい経済安保政策が実施されているにもかかわらず、米中貿易への影響があまり大きくなっていない主因は、米中両国の民間企業を中心とする経済活動のニーズの強さにあると考えられる。

 米国政府は経済安保政策の基本方針を「small yard, high fence」(小さな庭に限定して高い壁を設ける)と評している。

 安全保障上の観点から経済安保政策を徹底するとれば、米中貿易を止めるのがベストである。

 しかし、それでは多くの米国企業が生き残れなくなり、米国経済は厳しい経済停滞を余儀なくされる。

 また、品質が良く価格がリーズナブルな中国製品が入ってこなくなれば、米国の物価が大幅に上昇し、ただでさえインフレに苦しんでいる米国一般市民の不満が爆発する可能性も懸念される。

 このため、経済安保関連規制の実施に際して米国政府は、制限対象分野を小さく限定して(small yard)、経済活動への影響があまり大きくならないように配慮している。

 しかし、最近の米国政府は経済安保政策の対象範囲を徐々に拡大しつつある。

 米国の民間企業はビジネスチャンスが制約を受けるため、関税引き上げ措置や中国企業との取引制限に対して強く抗議している。

 民間企業の活動は経済の安定に直結するため、政治への影響も無視できない。これを無視すれば、選挙に悪影響が及ぶ。

 このため、民間企業から強い抗議が示されると、米国政府もある程度妥協せざるを得ない。

 こうした背景から、経済安保政策として示された関税の引き上げや対中取引制限はしばしば緩和されている。

 現在も、トランプ政権が2018年に導入した関税について、2023年に実施予定だったレビュー後の強化が先送りされているため、トランプ時代の関税の中身が見直されることなくそのまま続いている。

 レビュー後は関税の適用対象範囲が拡大されると見られているが、現時点では実施されていない。

 また、最近の米国内の報道によれば、元商務省の高官が以下のような事実を紹介した。

 ファーウェイはエンティティリストに記載され、同社との取引は米国企業のみならず、日本やオランダの企業も制限されている。

 しかし、米国では規制発動後、最初の1年半は厳格に運用されていたが、その後はケースバイケースで規制の適用対象外とすることを認める対応に移行した。

 その結果、米国企業が商務省の産業安全保障局(BIS:Bureau of Industry and Security)に申請すると99%の割合で取引が認可されるようになった由。

 こうした運用緩和により、過去5年間で特別に認可されたファーウェイとの取引額は3500億ドルに達した。

 このような規制緩和が実施された背景は、厳格な管理を継続すると米国経済に極めて甚大な悪影響が及ぶことが判明したためである。

 しかし、こうした実態は日本やオランダの政府や企業には通知されていない模様で、外交的にはリスクが大きいと前出の高官は指摘している。