医療機関はペイハラ対策を強化

 労働現場におけるハラスメント対策の根幹は、労働施策総合推進法(パワハラ防止法)です。この法律の規定によって大企業は2020年から、中小企業は2022年から職場でのパワハラ対策を義務付けられました。

 ただし、ペイハラなど生む患者や要介護者らによるハラスメントの対策は、義務化の対象になっていません。その代わりとして、厚生労働省は顧客らからの「著しい迷惑行為」に対応するための指針を公表。①労働者からの相談に応じ、適切な対応を取るための体制の整備、②被害者への配慮、③被害防止に向けた取り組み――などを求めました。

 こうした流れに沿って、各医療機関は対策強化を図っています。その第一は、患者に注意を促し、不当な要求には応じないという姿勢を明確に示すことでした。

 そうしたケースの1つが長崎県での取り組みです。同県では、長崎大学病院や長崎原爆病院などが中心となって2017年に「ペイシェントハラスメント研究会」を立ち上げ、対策を練ってきました。

 研究会に加わる医療機関は「当院におけるペイシェントハラスメントに対する方針」をウェブサイトや待合室のポスターなどで広く告知しています。長崎みなとメディカルセンターの場合、公式ホームページに以下の内容を掲げました。

 職員を守るため、不当な行為に対しては警察への通報も辞さないという強い姿勢を示したわけです。そのうえで、要求の内容が適切かどうかにかかわらず、不当なペイハラに該当するものとして次の項目を列挙しました。

・身体的な攻撃(暴行、傷害)
・精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉棄損、侮辱、暴言)
・威圧的な言動
・土下座の要求
・継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
・拘束的な行動(不退去、居座り、監禁、長時間の電話や対応)
・差別的な言動
・性的な言動
・職員個人への攻撃、要求

 こうした告知は今では全国各地の医療機関で目にするようになりました。対処マニュアルを作ったり、職員への研修を実施したりする医療機関も増えています。

 しかし、告知や研修だけで、状況が改善するはずはありません。また厚労省は昨年7月、精神障害の労災認定基準の見直しを行い、新たにカスタマーハラスメントも労災認定の基準とする方針を打ち出しました。しかし、労災認定の基準を緩和したとしても、あくまでハラスメントに遭遇した「後」の話。不当な要求の未然防止には直結しそうにありません。