刑事事件となるペイハラも相次ぐ

 では、医療従事者が患者から受けるペイハラとは、どのようなものでしょうか。

 日本看護協会の2017年調査によると、看護師に対するペイハラは深刻です。患者やその家族らからのハラスメントは「意に反す性的な言動」「身体的な攻撃」が圧倒的に多く、「精神的な攻撃」も目立ちました。

出所:日本看護協会の公表資料からフロントラインプレス作成。回答の一部を抽出しています
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 長崎県医師会の2020年調査では、回答した77病院の半数超がペイハラの経験があると答え、千葉市医師会の調査でも過半数がペイハラ被害に遭ったと回答しています。その多くは「暴言や執拗なクレーム」で、インターネットによる誹謗中傷も半数近くの医師が経験していました。

 コロナ禍が終わった後もペイハラは減っていません。福岡市医師会の2023年調査によると、379医療機関のうち半数の190医療機関が被害に遭遇していました。診察や会計で待たされたことに腹を立てた患者が「ばか」「殺す」などと罵るケースが最も多く、「居座りや電話による長時間の拘束」「威嚇、脅迫」といった被害も目立ちました。さらにセクハラ(27%)、暴力(11%)も確認されています。

 ペイハラが刑事事件になるケースも珍しくありません。

 札幌市では今年2月下旬、病院で入院中だった52歳の男が男性看護師の頭を殴って重症を負わせたとして逮捕される事件がありました。また、3月28日には、これも札幌市で70代の女が薬剤師に暴行したとして逮捕されています。期限切れの処方箋を持参したところ、薬剤師に処方を断られたことに立腹したとみられています。

 2年前の2022年1月には埼玉県ふじみ野市では、92歳で死去した母親の息子が訪問診療を担当していた医師(当時44歳)を散弾銃で撃ち殺すという凄惨な事件も起きました。犯人の男は医師に対し、死亡が確認された後に母親の蘇生措置を依頼しましたが、それが実現しなかったことを恨みに思い、後日、医師ら医療関係者7人を自宅に呼びつけました。そのうえで、医療関係者を人質として自宅に立てこもり、犯行に及んだのです。

 ふじみ野市の事件の1カ月前、2021年12月には大阪・北新地の心療内科クリニックで、患者だった男性がガソリンをまいて火を放ち、院長や病院スタッフ、診療に訪れていた患者ら25人が犠牲になるという痛ましい事件が起きました。

 患者の暴言や不当な要求、威嚇、暴力にどう対応するのかは、それ以前も医療関係者の間で大きな課題となっていましたが、北新地の放火殺人とふじみ野市の事件によって一気に社会問題となり、早急な対策を求める声が広がったのです。