(英フィナンシャル・タイムズ紙 2024年3月14日付)

2021年1月6日、トランプ氏の演説がきっかけとなって同氏の支持者が議事堂に乱入した(写真:ロイター/アフロ)

 これをカオスの凡庸さとでも呼ぶといいだろう。ドナルド・トランプの最近の活動をまとめてみた。

 まず、選挙に勝って大統領になったらその1日目に、2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件で有罪判決を受けた服役囚を釈放し、米国とメキシコの国境を閉鎖し、天然ガスと石油を「掘る、とにかく掘る」と公約した。

 次に、フロリダ州の邸宅マール・ア・ラーゴにハンガリーの独裁者オルバン・ビクトルを迎えて世界最高の指導者だと激賞し、自分はウクライナに「1ペニーたりとも出さない」と請け合った。

 そして性的暴行の被害者E・ジーン・キャロルに名誉毀損の損害賠償を支払うため、控訴保証金を9160万ドル用意した。

 また、スタッフを60人解雇して共和党全国委員会(RNC)をパージした。人員解雇はトランプが自らRNC共同会長に選んだ義理の娘ララ・トランプによる最初の仕事だった。

 動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」に対する姿勢を一転し、中国の親会社がそのまま所有し続けるべきだと言った。

 ジョー・バイデンの吃音をまね、米国の真のインフレ率は50%に達していると主張し、ジミー・キンメルはオスカー史上最低の司会者だと口撃した。

 これほど多くのことが伝えられると、トランプがアドルフ・ヒトラー好きに見えることについての詳細が新たに分かったと付け加えることなど、取るに足らないことのように思える。

トランプの政治的魅力

 これらはすべて3月7日以降の出来事だ。

 これに47(今から大統領選挙投票日までの間にめぐってくる平日5日間の束の数)を乗じてみよう。

 最も勤勉なトランプウオッチャーでさえ、このような情報量の増加に2、3度見舞われたら呆然とするはずだ。

 従って、トランプの最近のエピソードの大半が大きく報じられなかったことに意外感はほとんどない。

 別の時代に普通の大統領候補がこれらと同じことを一つでもやっていたら、ニュース番組はその話題一色になる。

 トランプの出馬は何かとケタ外れなため、ほとんど超常的に思える。

 トランプの政治的な魅力の神髄はそこにある。

 そしてそれは、トランプがバイデンとは異なる物差しで、いや民主党、共和党の別を問わずどんな政治家とも異なる物差しで判断されていることを意味する。

 アラバマ州選出の上院議員ケイティ・ブリットが先日、バイデンの一般教書演説に対する共和党の反論演説を行った後、メディアは2日間にわたって同議員の話題で持ちきりになった。

 その型破りな演説スタイルに加え、性的目的の人身売買の犠牲になった1人のメキシコ人の話をして視聴者の誤解を招く失策を犯したからだ。

 トランプは演説すると必ず、少なくとも数件の真っ赤な嘘を口にする。

 彼の嘘はそれを聞いた者が「やれやれ」と肩をすくめるだけで済むが、トランプ以外の誰かが嘘を言えばスキャンダルになる。