(英フィナンシャル・タイムズ紙 2024年3月9・10日付)

サム・アルトマン氏(2024年ダボス会議で、1月18日、写真:AP/アフロ)

 米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)と同社幹部らが3月初め、イーロン・マスク氏から起こされた訴訟に対して出したコメントには、痛切な後悔の念がにじみ出ていた。

「我々が深い敬意を抱いていた人、より高みを目指すよう刺激してくれた人、そして我々が失敗すると言い、競合企業を立ち上げ、挙句に提訴してきた人とこんな結果に至ったのは残念だ」と書かれていた。

テック業界のブロマンスの破綻

 これを読む限り、米テスラと米スペースXの共同創業者であるマスク氏に対して、もうそれほど深い敬意を抱いていないということなのだろう。

 マスク氏が2月末、「甚だしい裏切り」と「オープンAIの使命を放棄した」ことについてアルトマン氏らを批判した以上、憤慨は双方が抱く感情だ。

 テック業界のこのブロマンス(男の友情)は紛れもなく破綻した。

 マスク氏は常に争いごとに乗り気だ。

 つい昨年には米メタのマーク・ザッカーバーグCEOにケージファイトの挑戦状を叩き付け、X(旧ツイッター)の消極的な広告主を口汚く罵った。

 今回の戦いについては、ことを公にする前に徐々にウォームアップしていた。

 オープンAIに宛てた2017年のメールでは「私はただの愚か者だ、基本的にスタートアップ企業1社にタダの資金を提供している」と文句を言い、金銭的な支援を引き揚げる考えをちらつかせた。

 ここで話しているのは、猛烈な自己憐憫に陥りがちな真の起業家だ。

 心理分析の専門家で経営学者でもあるマンフレッド・ケッツ・デブリース氏はかつて、創業者はよく「自分の意思に対する外部の統制や侵害に見舞われる脅威で頭がいっぱいになり、自分が何かの犠牲になる恐怖に駆られて生きている」と書いた。

 起業家の前向きな側面――そのエネルギーや自信、ことを成し遂げる意欲、克服できないように思えるオッズに対して戦う意思――は、暗い側面を伴うことがある。

 多くの人はナルシストでもあり、脅かされた時には攻撃的になる。

 ケッツ・デブリース氏の言葉を借りるなら、こうした起業家は「独自の環境を作り出す必要があるはみ出し者」だ。