(英フィナンシャル・タイムズ紙 2024年2月25日付)
特に低俗ではなく、鮮やかでさえなかったことから、ドナルド・トランプが米大統領退任後に口にしたなかで最も示唆に富む発言は、世界の耳目を集めるに至らなかった。
昨年夏のFOXニュースのインタビューで、大統領になったら台湾を武力で防衛するのかと問われた時、半導体製造で大もうけをしているあの島は「我々のビジネスを奪った」と述べたのだ。
質問に答えていない?
そうかもしれない。人の生死がかかっているのに不謹慎だ?
それも一理ある。だが、あれはどんな人物であるかがとてもよく分かる回答だった。
もしこれが映画のセリフだったら、我々は脚本を称賛するだろう。「見せて語らず」という人物造形のルールをちゃんと守っているからだ。
世界はゼロサムと考える揺るぎない信念
米大統領選挙の共和党候補指名争いで先頭を走るトランプは、側近中の側近でさえ理解に苦しむほどにトランザクショナルな人物だ。
それも抜け目がないという意味での損得勘定ではない。
彼はアダム・スミスとはいかないまでもデビッド・リカード以前の世界、つまり富とは国家が奪い合う一切れのケーキのようなものだと理解されていた世界に住んでいる。
汝の取り分が増えれば我の取り分が減る、という世界だ。
米国が対中国貿易で経常赤字を出していれば、その事実によって米国は負けていることになる。
北大西洋条約機構(NATO)の費用を不釣り合いに多く負担していれば、米国はカモにされている。
その対価として米国が何を得ているかは一切問わない。
(もしウラジーミル・プーチンがほかの大陸で集団防衛体制を築いていたら、米国の新興右翼オルトライトはこれを負担とは見なさず、「戦略的深度」と呼んで称賛するのだろう)
したがってトランプと相対する時には、まず何より、そのゼロサム的なものの見方は決して揺るがないと認めなければならない。