光源氏を“ヒーロー”にするために

 では、『源氏物語』を漫画化するにあたり、その問題をどうクリアしたのか?

 まずは、父の妃・藤壺の宮を恋い慕うのは、「亡き母の面影を求めて」という理由づけをして、読者を「納得」させた。

『あさきゆめみし 新装版』第1巻P56より ©大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』第1巻P56より ©大和和紀/講談社

――だが、藤壺の宮は光源氏の父帝の后妃であるため、光源氏が愛してはならない女性、それゆえこの藤壺の宮の代わりになる女性を追い求め続けていかずにはいられない……という渇きにも似た光源氏の愛の彷徨の必然性を『あさきゆめみし』は的確に描き出したといえる。
(P35・吉井美弥子「少女漫画のヒーローへと“転生”『あさきゆめみし』が救った光源氏」より)

注目したのは光源氏の“誠実さ”

 とはいえ、紫の上、夕顔、六条の御息所、明石の君、朧月夜、末摘花、花散里、玉鬘……と、光源氏が恋する女性は次から次へと登場する。数多の女性たちを一人の男性が愛する、という状況は、平安時代という古代の、しかも高級貴族の恋愛事情だから、とはいえ、一夫一妻制の現代を生きる私たちにはなかなか共感しがたい。

 それを、大和和紀は「光源氏自身は一人ひとりの女君に対して誠実ではある」ということに着目し、「話の筋を重視し、構成を組み替え」て、女君同士がバッティングしないように工夫を凝らすことでクリアした。

 インタビューでは、「物語は章ごとに進むのではなく、その回ごとの主人公にして、光源氏とその女君の物語として描いていきました。」と語っている。

 例えば、明石の君との婚姻譚。

 物語の事実上の始発は、光源氏との出会いを描く「明石」(第13帖)であるが、明石の君の初登場はそれよりもはやく「若紫」(第5帖)である。「若紫」では、療養のため北山に赴いた光源氏をなぐさめようと、家来の良清が、「世のひがもの」前播磨守(明石の入道)とその娘の噂を語る。

 しかし、『あさきゆめみし』では、光源氏が須磨に退去し、そこに住まうことになってから、「へんくつ者」の父と「たいそう美しい娘」にまつわる話が良清によって語られる。明石の君が光源氏と結ばれるまでが、ひとつのエピソードとしてまとめられているのだ。

『あさきゆめみし 新装版』第2巻P247より ©大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』第2巻P247より ©大和和紀/講談社