「怒りやすい脳」も態度を変えることは可能
──人は常に誰かを罰しておきたいと思うものなんですね。
中野:そうですね。相手を罰することで自分を正義側に位置付けることができる。「自分はそんなことはしない」と思う人でも、これは必ず皆持っている機能です。そんなふうに自分に自信がある人ほど気をつけてほしい。怖いのは、自分が無意識の内に誰かへの懲罰的な行為に加担していることです。
──「他人の過ちを糾弾し、自らの正当性が認められることによってひとときの快楽を得られたとしても、日々他人の言動にイライラし、許せないという強い怒りを感じながら生きる生活を、私は幸せだとはとても思えない」と書かれています。ムカムカして何かにつけ批判ばかりしている人や、怒りを原動力に日常をこなしているような人も見られます。怒りの感情の持ちやすさは、脳の作りに原因があるのでしょうか、それとも、ただの思考の癖のようなものなのでしょうか。
中野:怒りやすい脳の作りというものはあると思うし、それを作り変えることは難しいですが、自分が怒りやすい人間であるという自覚を持って対処することは可能です。
たとえば、怒りを感じることは仕方がないけれど、怒りを表現するときに「手は出さないように気をつけよう」と注意することはできる。あるいは、怒りをそのまま言葉にして全部相手に伝えるのではなくて、自分がどういうところに残念さを感じ、だからどういうことを変えてほしいか、一度整理して丁寧に相手に伝えることはできます。
つまり、気持ちで怒ることは構わないけれど、怒りを態度にして表明することには気をつけなければならないという認識を持てば、態度の方は変えることができる。
足を挫きやすい人であれば、自分の癖を理解して靴を取り替えてみたり、サポーターを当ててみたりといった工夫は可能になる。歩き方そのものを変えてみることもできる。怒りやすい脳を持っていること自体はしょうがないけれど、それが問題にならないように暮らすという努力は可能だと思います。
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