東京・白金台の閑静な住宅街。路地にあるワンルームマンションの1室に入ると、パソコン、デジカメ、三脚、3次元ディスプレー、カップ麺・・・。20平方メートルの部屋には資機材が溢れ、「足の踏み場」は1人分の布団を敷くスペースだけ。ここに昨年8月、ソニーから流出した若き2つの「頭脳」がベンチャー企業「カディンチェ」を設立し、画像処理やセンサー、ウェブサイトなどの技術開発を進めているのだ。社長の青木崇行(30)と専務の内田和隆(31)は、ソニーの創業者を尊敬して止まない。青木は自身を国際派経営者・盛田昭夫、内田は天才技術者・井深大にそれぞれ重ね合わせる。カディンチェを2人の理想とする「ソニー」に育て上げるのが、夢であり経営目標なのだ。(敬称略)

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「マンション探検隊」で撮影、東京・渋谷のマンション(注意=実際には3次元モニターを使い、立体的に視聴可能)カディンチェ(株)提供 、(株)オン・エステート撮影協力

 「マンション探検隊」。青木、内田のコンビが独自開発に成功したシステムの商品名だ。レーザー光線や全方位カメラ、センサーなどを組み合わせ、室内空間を3次元の画像で把握できるようにした。 この技術をウェブサイト上で利用すれば、通常のデジタル写真に「奥行き」を加えられる。

 例えば、海外にある不動産物件を購入する際、現地まで下見に行かなくても、実際の部屋の様子を立体的に確認できる。「マンション販売、住宅モデルハウス、ホテル、レストラン、結婚式場・・・。部屋を売り物にする企業はすべて顧客になり得るはず」と、青木は期待する。

架空の家具などを置き、入居後のシミュレーションも

 そればかりか、「文化遺産や博物館などの内部の構造やデザインを3次元で紹介したい」と青木と内田は夢を膨らませている。先月、2人は「探検隊」一式を担いでイタリア・フィレンツェに乗り込み、歴史的な邸宅の数々や高級陶器「リチャード・ジノリ」本店を3次元撮影。デザイン先進国で「探検隊」の性能を大いにアピールし、喝采を浴びて帰国の途に就いた。

 人に夢と希望を与える技術開発。それこそが、ソニーの真骨頂ではないのか。なぜ、青木と内田はリスクを覚悟の上で、巨大企業を飛び出したのか・・・。

米フロリダの高校、授業中「これだ!」

社長の青木氏

 相模湾と箱根に臨む神奈川県小田原市。1978年生まれの青木は、この静かな街でやんちゃに育った。祖父が経営する木工所で、「危険な遊び」を日課にしていたのだ。檜風呂や手桶を見事に作り上げるお爺ちゃんの背後で、少年は彫刻刀で船を削り出す。今も左手には決して小さくない「名誉の負傷」が残り、「ごく自然にモノづくりのセンスが身についたかな・・・」と苦笑い。その後、日本IBMの技術者だった父の転勤に伴い、青木は2度の滞米生活を経験した。

 全米有数のリゾート地、フロリダ州ボカラトン。現地の高校1年時、コンピューターグラフィック(CG)の授業で、青木は厚木基地(神奈川県)で何度も見ていた戦闘機F18の画像を作成した。デジタル世界の美しさと緻密さが目前に現れ、青木の全身に電気が走った。心の中で「これだ!」と叫び声を上げ、帰国後は慶應義塾大学環境情報学部へ進み、コンピューターサイエンスを専攻した。

 最先端のデジタル技術を研究する傍ら、青木はバングラデシュやネパールで保健衛生のボランティア活動に汗を流した。水に砂糖や塩などを加えると、清涼飲料水「ポカリスエット」に似た液体が出来上がる。それを飲めば、下痢による脱水症状が治るという。この「経口補水療法」で子供に笑顔が戻ると、青木は何とも言えない満足感を得た。「開発途上国の人々に役立つコンピューター技術を研究しよう」と決心した。