左・44MAGNUM「PRISONER (初回限定盤)」ジャケット写真より
右・DEAD END「DEAD LINE (Analog)」ジャケット写真より

(冬将軍:音楽ライター)

90年代から現在までの、さまざまなヴィジュアル系アーティストにスポットを当て、その魅力やそこに纏わるエピソードを紹介していくコラム。今回は、DEAD ENDと44MUGNUMという、のちのヴィジュアル系シーンに大きく影響を与えたレジェンドバンドの音楽変遷をもとに、メタルからヴィジュアル系への変革期を振り返る。(JBpress)

1989年、ジャパメタからヴィジュアル系への分岐点

 LOUDNESS、BOWWOW(VOWWOW)、EARTHSHAKER……、1980年代に“ジャパメタ”と呼ばれた、ジャパニーズメタルのムーブメントがあった。そのシーンの雄、44MAGNUMはニューウェイヴの影響を受けソフトロックへ転向、そして1989年に解散した。44MAGNUMのローディーを務めていたCIPHER(Gt/瀧川一郎)とTetsu(Dr/菊地哲)のD’ERLANGERもメタルからニューウェイヴの洗礼によってポジティヴパンクへ転向。耽美でデカダンな“サディスティカルパンク(SADISTICAL PUNK)”を標榜し、同1989年にアルバム『LA VIE EN ROSE』でシーンに躍り出た。

 そして、「時代が変わる。今、青い血の雨が降る。」とメタルバンドでありながらクラシック音楽をも呑み込んだX(現・X  JAPAN)が、アルバム『BLUE BLOOD』でメジャーに殴り込みをかけたのもこの年のことである。1989年は日本の音楽シーンにおいて、メタルの立ち位置が大きく変わった年であるといえるだろう。

 さらに吉川晃司と布袋寅泰のユニット、COMPLEXがメジャーデビューしたのも1989年だ。モノトーンに身を包んだスタイリッシュなロックスター2人が絡み合う「BE MY BABY」のミュージックビデオは、“都会派”や“トレンディ”といった言葉が持て囃された当時の流行を象徴するものであった。

 こうした一連の動きは一世を風靡したジャパメタブームの終焉、ヘヴィメタが過去のものとなった出来事といえるだろう。見方を変えれば、ロックの主流、少年少女たちのロックへの初期衝動がジャパメタからヴィジュアル系へと変わっていった分岐点、それがこの1989年であったともいえる。

 のちのヴィジュアル系シーンに大きく影響を与えたレジェンドバンドの音楽変遷をもとに、メタルからヴィジュアル系への変革期を振り返ってみたい。