カナダで起きたシーク教指導者の殺害事件を巡り、カナダとインドが対立しています。互いに批判し合い、双方が外交官を国外追放にする事態に発展しました。筆者が先日まで滞在していたインドのムンバイでは、連日この関連ニュースがトップで報じられ、インド国内でも強い関心が向けられています。今回はシーク教の歴史について解説します(本文ではシク教と表記します)。
(宇山 卓栄:著作家)
剣を持ち歩く戦闘集団だったシク教徒
シク教の指導者ハーディープ・シン・ニジャール氏は6月18日、カナダのバンクーバー郊外のサリー市で覆面の2人組によって射殺されました。ニジャール氏はインド北部パンジャーブ州で、シク教徒のための独立国家「カリスタン」の樹立を目指してきた人物です。そのため、2020年、インド政府によりテロリストに指定されていました。
カナダのトルドー首相は、殺害にインド政府が関与したとの見方を示したことで、インドが反発し、両国の関係が悪化しています。
日本人には馴染みの薄いシク教ですが、これはどのような宗教なのでしょうか?
16世紀初め、ヒンドゥー教の改革を訴え、ナーナクという人物がシク教を創始します。インド西北部からパキスタンにまたがるパンジャーブ地方を拠点として、勢力を拡大しました。「シク」とはサンスクリット語で「弟子」の意味で、開祖ナーナクを師(グル)とする、その弟子(シク)たちの宗教ということでシク教と呼ばれるようになりました。
シク教はイスラム教の影響を受け、偶像崇拝やカーストを否定しました。一切の具象を伴わない「絶対真理(サト・ナーム)」という純粋理念のみを信仰します。初代のグルから10代のグルが存在しました。第10代グルの息子たちがムガル帝国との戦争で戦死し、グルの継承者が途絶えます。10代のグルたちの言葉は『グル=グランド』に収められ、シク教の聖典とされています。
シク教は当時のムガル帝国(イスラム)の支配に抵抗し、19世紀には、イギリスの侵略に対しても戦いました。そのため、シク教は戦闘集団としての色彩を強め、常に信徒たちは日本の武士のように剣を持ち歩きます。