「三毛猫のほぼ全てがメスである」ということは、よく知られている。だが、そこにはまだ解明されていない謎があるという。九州大学名誉教授の佐々木裕之氏は定年退職を機にこの謎に挑むため、クラウドファンディングに挑戦し話題となった。親から子へと受け継がれる遺伝(ジェネティクス)とは別のエピジェネティクスという現象が関わる謎とは何なのか、佐々木氏に聞いてみた。
どうして60年間、誰も研究していなかったのか
――「三毛猫はほぼメス」というのは猫好きでなくとも多くの人が知っています。そこに未だ解明されていない謎があるとのことですが、何がわかっていないのでしょうか。
佐々木裕之氏(以下、佐々木) 猫さんの中で茶、黒の柄を持つのは三毛猫とさび猫です(三毛猫にはもちろん白が加わります)。1961年にイギリスのMary Lyonは猫のX染色体上に茶、黒を決める遺伝子があり、2つあるX染色体のどちらか一方が体のあちこちでランダムに不活性化するために2色の柄を持つのはメスばかりであると提唱しました。
「ランダム不活性化」と呼ばれるこの現象は、性染色体にある遺伝子の働きを調節する代表的な例として生物学や遺伝学のテキストにも掲載されています。
「どの染色体に遺伝子が存在するのか」が明らかにされたわけですが、「どの遺伝子が、どのように毛の色を作っているのか」まではわからないままでした。私も『エピジェネティクス入門―三毛猫の模様はどう決まるのか―』(岩波書店、2005年)など一般向け書籍でランダム不活性化の説明を書きましたが、遺伝子の実態はわかっていないんだけどなあ……と思っていました。それが今日に至るまで、不明なままなのです。
人間のゲノムDNAは2003年に解読が終了し、他の生物でも研究・解読が進んで、ゲノムDNAに含まれる遺伝子の数はおよそ2万個ぐらいだとわかりました。イエ猫のゲノムDNAについても近年、特定の品種で解読され、類似の遺伝子数であることがわかってきました。しかし、その中でどの遺伝子が茶と黒の毛色を作るのかはわからないままです。
遺伝子の研究は急速に進んでいるので、そのうち誰かが茶と黒を決める遺伝子について研究してくれるのだろうと思っていたのですが、私が定年退職する今になっても誰も研究していないらしい。ならば自分でやってやろうと決意したところ、猫好きの研究者たちが集結してくれて始まったのが「三毛猫の毛色をつかさどる遺伝子を解明したい!〜60年間の謎に挑む〜」プロジェクトです。