戦闘開始から1年と経たずに追い詰められ、誤算が続くロシア。核のボタンを握る孤独な独裁者が指導する大国は、これからいかにして未来を切り開くことができるのか。西側諸国はプーチン後のロシアをどのように扱えばいいのか──。『この世界の問い方 普遍的な正義と資本主義の行方』(朝日新書)を上梓した社会学者の大澤真幸氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──本書の中で、「プーチンは、ヨーロッパへの劣等感やルサンチマンを持っている」「ヨーロッパを選んだウクライナに、ロシアが見ているのは、否認し、斥けようとした自分の姿である」こう書かれています。ロシアのウクライナ侵攻には、日本人には見えにくい国家が抱える心理的な葛藤があるという印象を受けました。改めて、なぜロシアがウクライナに侵攻したと考えますか。
大澤真幸氏(以下、大澤):この戦争がどうして起きているのかということを考えてみると、プーチンが意識している問題と、プーチン自身にも十分に意識されていない無意識の衝動の2つがあるように思います。
まず、プーチンが意識している問題には、ロシアが抱えるヨーロッパに対するコンプレックスがあります。
我々は単純に「ロシアもヨーロッパの一部である」と考えがちですが、ヨーロッパの中にもヨーロッパというアイデンティティの密度や濃度があり、西に行けば行くほど、そして、イギリスに近い場所ほど、よりヨーロッパであるという感覚があります。
宗教にしても、ヨーロッパにはカトリックがあり、カトリック以上にプロテスタントの世界ですが、「我々が最も先進的である」という意識がヨーロッパにはあります。
「俺たちだって本当のヨーロッパなのに」と思いつつ、現実には「そこに追い付いていない」という実感をプーチンは持っています。ですから、ヨーロッパに対して憧れを持つと同時にルサンチマンを抱えている。
ヨーロッパの中にいるのに、その中で一流国と見なされていない。本当は一流国として見てほしいという本音があるように思えます。
さらに、最もヨーロッパっぽいところが新大陸に移植されてアメリカとなり、ヨーロッパ以上に威張っている現実もある。
そして、ロシアには自分たちは「大国である」という意識があります。自分たちは大国で、自分たちこそが本物のヨーロッパなのだ、という大国ナショナリズムをプーチンは背負っている。
このような前提がある中で、ロシアはウクライナが気に食わない。