ジャン・アンリ・ファーブル

(昆虫料理研究家:内山 昭一)

人類の進化と昆虫食の歴史

 三畳紀後期、つまり2億2000万年前に生きた最古の哺乳類といわれているアデロバシレウス。体長10センチ足らずのネズミに似たアデロバシレウスにとって、4億4000万年前から出現している昆虫は、格好の餌でした。私たち人類の遠い祖先は、これ以来、昆虫を食べ続けてきたのです。

 私たちの祖先の脳を飛躍的に進化させる大きな出来事がありました。それは7000万年後のジュラ紀後期に、恐竜に追われて夜行性となった体長10〜15cmほどの哺乳類ラオレステスです。夜の行動を可能としたのは〝聴力と内温性〟の獲得だと言われています。

 冷たい夜間でも採餌活動が可能となり、暗闇で昆虫を捕るための聴覚と指先の器用さが養われました。〝恐竜がヒトを形作った〟と言われていますが、これに加えて〝昆虫が哺乳類の脳を鍛えた〟と言っても過言ではありません。

 恐竜が絶滅すると哺乳類は昼行性となり、種数と個体数を飛躍的に増やして大繁栄することとなります。アウストラロピテクス(猿人)が500万年前に誕生し、ホモ・サピエンスは25万年前の東アフリカで誕生したと言われていますが、その間も昆虫は世代を繋ぐ、必要不可欠な食料でした。

 最古の昆虫食の証拠として糞石(人や動物の排泄物が化石となったもの)があります。アメリカのカリフォルニア州にあるデンジャー洞窟から出土した紀元前9000年頃の人の糞石からは、昆虫の翅や脚が見つかっています。また、中国の山西省のヤンシャオ期の遺跡からは、紀元前2500~2000年頃の切り繭が発見されました。ここから、カイコの原種ウスバクワコの蛹を取り出して食べたと推察されます。

 紀元前7世紀には、アッシリア王セナチェリブによって催された晩餐会にバッタが運ばれる様子が、ニネベ宮殿廻廊の壁に描かれています。

『聖書』のレビ記にも「ばったの類、羽ながばったの類、大ばったの類、小バッタの類は食べることができる」とあります。バッタは一定の密度以上に混み合うと、孤独相から群生相へ相変異し、飛蝗(ひこう)となって大移動し、農作物に甚大な被害をもたらすことで知られています。『聖書』は古代の実用書とも言われていますから、〝食べて駆除する〟ことを奨励しているようにも思えます。

 古代中国の漢代の墓からは、セミ焼きコンロが出土しています。セミをあぶるのに使った専用コンロの模造品です。来世に旅立っても美味しいセミが食べられるようにという遺族の願いが伝わる副葬品です。

 紀元1世紀頃には、古代ローマの将軍であり博物学者のプリニウスの残した大百科全書『博物誌』のなかに、古代ローマの美食家がコッススという名の幼虫を賞味したという記述があります。コッススはカミキリムシの幼虫のことです。『昆虫記』で知られるファーブルはこれを読んで「どんな味がするのだろう。一度試してみたい」と思い、実際に食べて絶賛しています。