(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)
日銀の12月20日の金融政策決定会合は、久々のサプライズだった。円安で1ドル=150円まで下がったときも、国債を買い支えるYCC(イールドカーブ・コントロール)の基準となる長期金利の上限を0.25%で変えなかった日銀が「上限を0.5%に上げる」と発表したからだ。これで為替は一挙に1ドル=131円台まで円高になり、株価は大きく下がった。
黒田総裁は、これは「利上げではない」と強調したが、そんな話を信じる市場関係者はいない。指標となる10年物国債の金利は0.499%と、上限に張りついた。これは来年で2期10年の任期を終える黒田氏の(いやいやながらの)出口への第一歩である。
利上げの本当の理由は「イールドカーブのゆがみ」ではない
2013年4月に黒田総裁が就任したとき、インフレ目標「2%」を「2年」で達成するためにマネタリーベースを「2倍」にするという大胆な方針を打ち出したが、うまくいかなかった。ところが今年(2022年)に入って物価が上がり始め、日銀の指標とするコアCPI(生鮮食品を除く総合指数)は、10月には3.6%になった。
しかし黒田総裁は「安定的に2%」になるまでと表現を変え、いまだにYCCを続けている。これは国債価格でいうと最低価格で買い支えるので、10年物国債だけが大きく凹むイールドカーブになり、金利が7年物や8年物と逆転した。
このような「イールドカーブのゆがみ」が今回のYCC修正の原因だ、というのが黒田総裁の説明だが、こういう現象は景気回復の局面では珍しくない。たとえばアメリカでは今、6カ月物国債の金利が4.7%で、10年物は3.7%と、1%も金利が逆転しているが、FRB(連邦準備制度理事会)は長期金利をまったく抑制していない。
利上げの本当の理由は、そこではない。黒田総裁が恐れているのは、彼が記者会見で何度も言及したボラティリティ(変動幅)だろう。円安の局面で海外の投機筋が、利上げ(国債の値下がり)は必至とみて国債を大量に空売りし、日銀がそれを買い支えた。
おかげで日銀保有国債の残高が535兆円と、国債残高の5割を超えた。金利が1%ポイント上がると、日銀の保有国債には28.6兆円の評価損が出る(雨宮副総裁の国会答弁)。日銀とほぼ同じ額を民間金融機関がもっているので、全体では50兆円以上の評価損が発生する。
今は日銀が買い支えているからもっているが、YCCをやめて国債の投げ売りが始まると、長期金利が1%に上がることは十分考えられる。そのとき日銀は国債を簿価(償却原価)で評価しているので、評価損を計上する必要はないが、民間は時価会計なので、債務超過になる金融機関も出るかもしれない。国債は金融システムを破壊する「時限爆弾」なのだ。