高齢化が進む社会の中で気になる病気がある。アルツハイマー病だ。軽い物忘れから始まってやがて重篤な認知障害を引き起こすこの怖い疾病について、今回、アルツハイマー病研究の第一人者、石浦章一教授(東京大学大学院・総合文化研究科教授)に詳しく聞いた。

 認知障害を大別すると、脳卒中の後遺症として発生するものと、アルツハイマー病によるものとがあるが、今回は後者についてリポートする。

アミロイドベータタンパク質が原因

 脳卒中の後遺症もアルツハイマー病もいずれも脳の神経細胞が死滅することが原因だ。前者は、脳の血管が詰まり血液が脳細胞に行き渡らなくなり死滅するが、後者は別の理由によって死滅する。

石浦 章一(いしうら・しょういち) 1950年石川県生まれ。東京大学教養学部基礎研究科卒業後、同大学理学学院修了。現在、東京大学大学院・総合文化研究科教授。専門は分子認知科学。アルツハイマーなどの難病の研究、人間の知能や性格の分子レベルの解明がライフワーク。著書は『遺伝子が処方する脳と身体のビタミン』(羊土社)、『30日で夢をかなえる脳』(幻冬舎)など多数

 そのカギを握るのは「老人斑」。アルツハイマー病で亡くなった方の脳細胞組織を顕微鏡で見ると、シミのようなものが細胞レベルで見える。この老人斑が蓄積されていくことで神経細胞は死滅し、脳の萎縮が始まる。

 老人斑の正体は、アミロイドベータタンパク質。これが生成される元になる物質は、アミロイド前駆体という大きなタンパク質で、これは健康な人の脳にも存在する。にもかかわらず、発症するケースとそうでないケースが生まれるのは、なぜだろうか?

 カギを握るのは、様々なタンパク質を分解する酵素だ。アルツハイマー病を発症する人の場合、アミロイド前駆体の中の一部であるアミロイドベータタンパク質の両端部分を、ベータセクレターゼとガンマセクレターゼという酵素がそれぞれ切断して切り離すのだ。

 これによって、大きなタンパク質であるアミロイド前駆体からアミロイドベータタンパク質という “犯人” が作り出される。ところが、正常な人は、アミロイドベータタンパク質の中央部分をアルファセクレターゼという酵素が切断することによって “犯人” が生み出されずにすむ。

 「つまり、この前駆体を切断する3種類の酵素のうち、ベータセクレターゼとガンマセクレターゼに比較して、アルファセクレターゼの活性が低いと発症の可能性が高くなるということになります」と石浦教授は話す。