(篠原 信:農業研究者)

「篠原、食料危機は起きないってよ」と、複数の知人が、有名人や大物政治家による動画を紹介してくれた。私はそれらの動画を拝聴して、ふんふん、とうなずき、特に内容に異論はなかった。

 私も日本に食料危機は起きないと思う。(1)日本の経済力が一定以上保たれ、(2)エネルギー、(3)食料、(4)化学肥料の調達が問題なければ――。問題は、この4条件が本当に今後も問題なく満たされるかどうか、だ。

食糧危機が起きるのは「国民の大半が農業従事者」の国ばかり

 食糧問題を調べてみると、興味深いことに気がつく。国民のほとんどが農家の国で飢餓がよく発生し、国民のほとんどが都市住民で農業と無関係な先進国では飢餓が発生することはまずない、ということ。これは不思議なことだ。食料を生産しているはずの農家が飢えて、食料を作るどころか食べるだけの都市住民だらけの先進国が飢えないなんて。しかし、農業や食料のことを調べると、直観とまったくかみ合わないパラドックスがよく見受けられる。

 国民が農家ばかりの農業国では、農産物を作ってもそれを買う人がいない(少ない)。みんな農家だから。すると、現金を手に入れる機会がそもそもない。現金が手に入らなければ貯蓄のしようがない。

 そんな中で不作が起きると、なけなしの現金で食料を買い求めようとする。しかし貯蓄はすぐに底をつく。やむを得ず、耕作に必要な家畜を売って食料を得ようとする。しかし同じように家畜を売ろうとする農家ばかりなので、家畜は買いたたかれ、ろくに現金が手に入らず、やはりすぐに飢えてしまう。やむを得ず、翌年の種もみまで食べてしまい、ついに食料がつき、難民としてさまようようになる。

 他方、農業以外の産業、たとえば工業とかサービス業などが発達している国だと、様子が違ってくる。これら非農業の人たちは、自分たちで食料を作っていないから買わなければならない。農家にしてみれば、売り先があるから、そこそこの値段で食料を買ってもらえる。非農業が盛んな国では、農家も現金を得やすくなる。農家も蓄えがあるから、少しくらい不作があっても当座をしのぐ力を残しやすい。

 また、非農業が盛んな国では、自動車やパソコン、スマホなどの工業製品を海外に輸出し、貿易で儲けることもできる。それで得た外貨で、海外から食料を輸入することもできる。