日本は企業も政府も個人も、情報セキュリティにもっと力を入れる必要がある

 筆者も視聴していた2022年9月28日のテレビの報道番組で、高市早苗・経済安全保障担当大臣はセキュリティ・クリアランス(security clearances)制度の導入に強い意欲を示した。

 高市氏は、「大臣に就任した日に(総理に)言われたのが『中国っていう言葉を出すな。来年の通常国会にセキュリティ・クリアランスを入れた経済安全保障法案を提案すると口が裂けても言うな』と言われた」と大胆な発言をした。

 また、この発言はセキュリティ・クリアランスの実現が極めて困難であることを仄めかしている。

 高市氏は日頃から、経済安全保障の強化に向けて、先端技術の流出を防ぐため重要な情報を取り扱う研究者などの信頼性を確認する「セキュリティ・クリアランス」制度について、具体的な制度設計に向けた検証を急ぐべきとの考えを示している。

 さて、政府は2022年5月に、

①半導体など重要物資のサプライチェーンの確保

②基幹インフラ設備の事前審査

③先端技術開発

④特許の非公開の4つの柱で構成された「経済安全保障推進法」を成立させた。

 しかし、セキュリティ・クリアランス制度は、経済界や公明党に資格取得の際に民間人も個人情報を調べられることへの懸念などがあったため、同法にクリアランス制度を盛り込むのを見送った経緯がある。

 セキュリティ・クリアランスには、人に与える資格(PCL:personnel security clearances)と施設に与える資格(FCL:facility clearance)がある。

 高市氏は人に与える資格(PCL)のことを指摘していると思われる。以下、本稿では、PCLについて述べる。

 さて、PCLは、あなたは「CONFIDENTIAL(秘)」レベルの秘密までアクセスできるという資格、あなたは「SECRET(極秘)」レベルの秘密までアクセスできるという資格、あなたは「TOP SECRET(機密)」レベルの秘密までアクセスできるという資格を与えるものである。

 ただし、実際の運用においては、「need to knowの原則」(必要とする人にのみ情報へのアクセスを許可し、不要な人によるアクセスは禁止する)に基づき、クリアランスに該当する秘密へのアクセスを許可する制度である。

 資格を与える前に適格性(信頼性)審査が行われる。

 従事するポストのランクが上がれば付与される資格のレベル(クリアランスレベル)も上がる。

 当然、その都度、資格を与える前にクリアランスレベルに応じた厳しい適格性(信頼性)審査が行われる。

 適格性(信頼性)審査の目的は、セキュリティに関して懸念がない人物だけが採用されていることを保証すること、および職員がアクセス権を悪用する可能性を局限するなどである。

 経済界などが懸念しているのは、この適格性(信頼性)審査である。

 厚生労働省は、採用面接時に、本人に責任のない事項(本籍・出生地、家族など)や本来自由であるべき事項(宗教、思想信条)については質問するなと指導している。

 しかし、セキュリティ分野での適格性(信頼性)審査では、質問が禁じられているこれらの事項こそが、本人の信頼性を確認するために必要である。

 ちなみに、後述する特定秘密保護法の適格性(信頼性)審査にはこれらの事項が含まれている。また、同法では適格性(信頼性)審査ではなく「適正評価制度」と称されている。

 厚生労働省の指導は、わが国には外国からの脅威、すなわちスパイの脅威がないことを前提としている。

 しかし、日本はスパイだらけである。詳細は拙稿、『外国人が増えスパイも急増、危うし日本の安全』(2019.12.26、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58717)を参照されたい。

 ところで、セキュリティ・クリアランス制度は、インサイダー脅威(詳細は後述する)を事前排除する有効な一手段と考えられ、多くの国々で導入されている。

 わが国では、2013年12月6日に成立した「特定秘密保護法」により人的セキュリティ・クリアランス(PCL)制度が法制化された。

 ただし、この制度は特定秘密を取り扱う行政機関の職員及び関連する民間人のみを対象としている。

 しかし将来、国際共同研究・開発の増加が見込まれており、産業界・学界を含めた包括的なPCL制度の導入が喫緊の課題となっている。

 なぜならば、諸外国は、国際共同開発のパートナーである日本の企業に対して自国と同レベルのセキュリティ・レベルを求めてくると思われるからである。

 例えば米国は、武器輸出管理法(セクション2753)において、「(共同研究・開発のパートナーとなる)外国または国際組織は、それらの物件または役務の秘密(セキュリティ)を保持すること、および米国政府がそれらの物件または役務に付与したものと実質的に同程度の秘密保護策(security protection)を提供することに同意していること」を物件または役務の外国への売却又は貸与するために大統領の同意を得るための必要条件としている。

 本稿は、PCL制度の概要を紹介するものである。

 わが国は現在、航空自衛隊の次期戦闘機をめぐり、英国と機体を共同開発する方向で調整を進めている。従って、本稿では英国のPCL制度について紹介する。

 初めに、我が国のPCLの法制化の経緯について述べ、次に、PCL制度が脅威対象とするインサイダー脅威について述べ、最後に、英国のPCL制度について述べる。