ロシア兵による暴行・強姦・拷問・大量殺人が明るみに出て世界中に知られることになったキーウ(キエフ)近郊のブチャの町(5月6日撮影、写真:ロイター/アフロ)

 ウクライナに侵攻したロシア兵は略奪・強姦を繰り返している。

 筆者はロシア軍には軍刑法も軍法会議もないのかと憤りを禁じ得ない。

 戦場という極限状態において部下の規律を維持することは、任務達成はもとより戦争犯罪防止の観点からも指揮官の重要な役割である。

 このため、世界の軍隊には軍刑法と軍法会議を中核とした軍司法制度が整備されている。

 旧日本陸軍刑法には「掠奪および強姦の罪」が規定されていた。

 それは、「戦地または帝国軍の占領地において住民の財物を掠奪したる者は一年以上の有期懲役に処す。前項の罪を犯すにあたり婦女を強姦したるときは無期または七年以上の懲役に処する(第86条)」というものであった。

 ポッダム宣言により帝国陸海軍が解体されるとともに、「軍」に特有の軍司法制度もまた国家の枠組みから姿を消し、国民がその存在を認識することなく77年が過ぎた。

 多くの日本人は「軍刑法」や「軍法会議」の存在はおろか名称さえ知らないであろう。

 しかし、ウクライナにおけるロシア兵の規律のない行動は、多くの日本人にとって「軍刑法」や「軍法会議」について考える契機となったのではないだろうか。

 さて、自衛隊は日本の国内法において軍隊ではないとされ、軍刑法も軍法会議も設置されていない。

 しかも、日本国憲法第76条第2項には「特別裁判所は、これを設置することができない」と規定されている。

「特別裁判所」とは、特殊な身分の人や、特殊な事件について裁判を行うもので、通常裁判所の組織系列の外側にある裁判機関のことをいい、戦前における軍法会議などが該当する。

 このような事情があるため、わが国では「軍刑法」や「軍法会議」に関する議論は全く進んでいなかった。

 しかし、自衛隊は本当に軍隊ではないのか。

 日本の自衛隊は、世界的軍事分析会社「グローバル・ファイヤーパワー」の2021年の世界の軍事力ランキングでは第5位である。

 自衛隊の組織や装備は世界の基準に照らしても「軍隊」そのものである。また、世界もそのように見ている。

 国内において、憲法上の問題から様々な見解主張があるため「軍隊ではない」と主張しているが、海外のメディアが自衛隊を表す場合に用いる言葉は「Japan Army」、「Japan Navy」、「Japan Airforce」である。

 また、卑近な例で恐縮だが、筆者は自衛官として、2度ほど海外で勤務した経験があるが、いずれの場合も相手国政府機関および仕事仲間から、他国の軍人と同等の身分的扱いを受けた。

 このように、自衛隊は国内法では軍隊とされていないが、世界では自衛隊は軍隊として認知されていることは疑う余地はない。

 ところで、2012年4月27日に自民党は憲法改正草案を発表している。

 同草案では自衛隊を「国防軍」と改め、国防軍を保持することや国防軍に審判所(軍法会議)を置くことを明記している。

 そして、2021年10月の衆議院選挙で、いわゆる「改憲勢力」は衆議院で3分の2を超える議席を獲得した。

 今年7月の参議院選挙でも、いわゆる「改憲勢力」は参議院で3分の2以上の議席を占めることとなり、憲法改正が現実味を帯びてきた。

 さて、本稿は近い将来議論の俎上に載せられる可能性の出てきた軍司法制度を理解するために必要な基本的事項を取りまとめたものである。

 以下、初めに、陸軍刑法と陸軍軍法会議法の沿革について述べ、次に軍刑法と軍法会議の必要性について述べる。