「東大前」駅に一番近いのは東京大学ではなく文京学院大学(後ろのビル)だ(写真はすべて筆者撮影)

(古今亭駒治:落語家、前駅研究家)

 東京メトロ南北線の「東大前」は、その名の通り東京大学の最寄り駅だ。しかし本当は文京学院大学の方が近いことをご存知だろうか。

 改札から一番手前の入口までを計測すると、文京学院大の方が30mほど近い。しかも1番出口から地上に出て少し歩く東大に対し、文京学院大は2番出口に至る階段の踊り場、つまり駅の構内に大学院に通じるドアが設けられているのだ。東大前という駅名の陰で、なんとか一矢報いようとする姿に胸を打たれる。

 それを知って以来、素直に「東大前」と呼べなくなってしまった。東京メトロもこの事実を受け入れ、せめて「東大前(文京学院大前)」くらいにしてくれないかと叶わぬことを夢見ている。

改札から最寄り入口までの距離を実際に測る

 落語のかたわら、前のつく駅(「前駅」と命名)を研究している。鉄道好きのジャンルでいえば「前鉄」と言えるだろう。本当に施設が駅の「前」にあるのかどうかを確かめるため、改札から施設に一番近い敷地入口までの距離を、棒の先に車輪のついたロードメジャーで測定する。

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 前駅は日本に330ほど存在し、そのうち約230カ所を調査済みだ。ほとんどが私鉄で、JRには全体の1割ほどしかない。

 利便性をとことん追求する鉄道の中でも、前駅はその最たるものだと思う。駅名を見ただけで、行きたい施設の最寄りで、しかも相当近そうだということが分かる。もともとの地名なども削ぎ落とすことで他に何があるのかすら匂わせず、利用者に直接届くようになっている。

 そんな無味乾燥なはずの前駅にも、調べてみると様々な“ゆらぎ”を見つけた。中には「どこが前?」というような、果てしなく遠い前駅も存在する。のちほど詳しく紹介するが、現時点の調査結果で一番遠いのは阪堺電気軌道「御陵前」で、かつて仁徳天皇陵と呼ばれた大仙陵古墳まで駅から2km以上歩かなくてはならない。

 遠いのにわざわざ「前」とつけるのは、なんとしても乗客を獲得したいという気持ちの表れだろう。表れというより叫びかもしれない。高座で前駅のことを話すと、近いものより、遠い前駅の方にお客さんは強く反応する。単純に面白いということもあるだろうが、その叫びに共感するからではないだろうか。

駅と施設の位置関係はさまざまなパターンが

 まずは前駅の鑑(かがみ)のような駅を挙げておこう。豊橋鉄道「愛知大学前」、広島電鉄「JA広島病院前」、熊本電鉄「熊本高専前」。この3つはどれもホームに各施設の入口が設置されており、距離・所要時間ともに0である。