その「岐路」を招いた主因は、欧州ではロシアのウクライナ侵略、アジア太平洋では中国の無法な膨張だという認識は、2022年5月の日米首脳会談の共同声明などで表明されている。だが、今回の林演説は「中国」という国名をあえて挙げず、中国への直接的な批判をほぼすべて避けていた。

 岸田首相はバイデン大統領との間で中国への非難や抗議について合意している。林外相の演説は、その合意を無視する結果となっており、岸田内閣の外務大臣としての米国での公式演説としてはきわめて奇妙な対中融和の傾向を印象づけた。

 林芳正氏は2021年11月の外相就任時まで、長年、日中友好議員連盟の事務局長や会長を務め、中国との友好や対話を主張してきた経歴がある。林氏の中国との関与の背景については本コラムでも詳しく伝えた(「林芳正外相が会長を辞任した『日中友好議員連盟』とは何か?」2021年11月17日)。

随所に対中融和の傾向が目立つ林演説

 それでは、今回の林演説における対中忖度、あるいは異様なほどの中国への遠慮として響く特徴を具体的に指摘しよう。

【1】尖閣諸島への攻勢を指摘しない

 第1には、林外相はインド太平洋での「一方的な現状変更」や「力の論理」を批判的に指摘しながらも、中国の武装艦艇による尖閣諸島への攻勢にはまったく触れていない点である。