(英エコノミスト誌 2022年5月7日号)

米連邦最高裁の判断は慎重になされなければならない

かけがえのない機関の破壊を避けるためには、9人の判事が自制する必要がある。

 ヒポクラテスは妊娠中絶を非難した。アリストテレスは、望まれない子供を雨風にさらすことに比べれば中絶は残酷でないと考えた。

 西側世界はもう2000年以上前からこの道徳上の難問について論じてきた。

 今では西側民主主義国のほとんどが、国家は女性の身体を支配するべきではないという本誌エコノミストが取るリベラルな立場と、いかなる中絶も殺人だとする最も保守的な立場との妥協点を見いだした。

 オーストラリア、英国、カナダ、フランス、ドイツ、日本では、立法府が妊娠初期の中絶を容認し、それ以降の中絶は違法とした。

 米国民の大半もこの立場に同意しているが、米国国家は他国と一線を画している。

ロー対ウェイド判決見直しの波紋

 外部にリークされ、報道機関「ポリティコ」が手に入れた米国の連邦最高裁判所の多数派意見の草稿は、胎児が子宮の外で育成可能になるまで中絶は合法だとした50年前の「ロー対ウェイド判決」が覆されることを示唆している。

 そうなった場合、州法が優先されることになる。

 米国の半数の州ではほとんどの人工妊娠中絶が違法になりそうだ。なかには、レイプや近親相姦による妊娠の中絶も禁止する州法もある。

 裕福な女性なら仕事を休み、合法的に中絶できる病院まで足を伸ばすこともできるため、負担は貧しい女性に主にのしかかることになるだろう。

 ある研究によれば、人工妊娠中絶を禁止すると、妊娠に関連する死亡者の数が20%以上増える。

 ひょっとしたら、最終意見を発表する前に判事たちの気が変わったり、議論の調子が穏やかになったりするかもしれない。

 だがそれでも、判事の構成が6対3で保守派優勢になっており、過去半世紀にわたって続いた5対4ではないことから、最高裁は米国の社会生活において最も物議を醸してきた一部の問題を議論の俎上に再度載せる構えでいる。

 その過程において、最高裁は自らにダメージを与え、敵対的な2つの陣営に割れている米国の分断をさらに悪化させるリスクを冒すことになる。