3月20日、大統領執務室の移転について記者会見する次期大統領の尹錫悦氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏が次期大統領に当選して1カ月余りが経過した。それからこの間に明らかになったことは、尹氏が「文在寅(ムン・ジェイン)政権の愚は再び起こさない」という確固たる信念を持っていることだと言えよう。

 文在寅政権の5年間は、絶大な権力を持つ「帝王的」大統領制の弊害がもろに露呈した年月であった。その弊害を目の当たりにしてきた尹錫悦氏は、帝王的大統領制を切り崩し、韓国を国民主権の国家に戻そうと考えている。そのために尹氏が必要なことと考えているのは、

・大統領執務室を、権力独占の象徴である青瓦台から移転させること

・大統領の権力を操る首席秘書官の数を減らし、実質的な権限を各部処(省庁)に返すこと

である。

ネロナンブルの愚は繰り返さず

 文大統領は、能力や専門的知識がなくても、自身の左翼的、革新的考えを共有する人々を論功行賞のように政権の幹部につけた。韓国ではこれを「コード人事」と批判的に呼んでいる。

 このため文在寅政権には北朝鮮に従順な体質が定着し、金正恩(キム・ジョンウン)委員長に核・ミサイル開発の時を与えることとなってしまった。

 また文在寅大統領は経済政策の目玉として、最低賃金の大幅な引き上げを軸とする所得主導成長戦略を導入したが、その結果、皮肉なことに失業者を増やし、所得格差を広げてしまった。

 もっとも罪深いのは、社会の公正性に逆行するような施策の数々だ。例えば大学への「不正入試疑惑」や国費が原資となっている特殊活動費の「不適切私用疑惑」について、朴槿恵政権や野党政治家に対して激しく追及してきたのに、自身の周辺や与党政治家に同様の疑惑が浮上した時には徹底してスルーしようとするような「ネロナンブル」(「自分がやればロマンス、他人がやれば不倫」という二重基準)に徹してきた。その振る舞いはまさに「帝王的」だったと言えるだろう。

 次期大統領の尹錫悦氏は、これらを是正しようと試みようとしている。人材起用においては、コードではなく、専門性を重視して行おうとしている。そのほかにも、文在寅氏によって形骸化されてしまった国家情報院の活性化、北朝鮮を甘やかすだけで何もできなかった統一院の改革、ジェンダー論争の焦点となり慰安婦問題など政治問題に過度に首を突っ込んだ女性家族部を「少子化」という韓国の将来にとって最重要課題と向き合う組織へと変革させることなどを打ち出している。