(金 興光:NK知識人連帯代表、脱北者)
10月11日、韓国のマスコミは一斉に「金正恩、労働党創建日記念演説」という見出しで、金正恩総書記が10月10日の党創建76周年で行った記念講演会の演説内容を論評した。
多くのマスコミが金正恩総書記は演説で、北朝鮮の人々の生活レベルの向上を強調したことに力点を置いている。だが、北朝鮮の大学教授だった私は経験から、金正恩総書記の演説はあたかも人々の問題を強調しているように見えるが、「党中央」を策定する作業だったと分析する。
今回は、「党中央」という北朝鮮独自の言葉の意味に加えて、金正恩総書記はどのような方法で「党中央」を策定したのか、「党中央」という言葉は象徴的な用語なのか、あるいは具体的な人を指すのか、金正恩総書記が今、党中央を策定しなければならない理由は何なのか──という点について解説していこう。
◎金興光氏の過去の記事はこちら(https://jbpress.ismedia.jp/search?fulltext=%E9%87%91+%E8%88%88%E5%85%89)をご覧ください。
金正恩総書記が、10月10日の党創建76周年記念で実施した演説「社会主義建設の新しい発展期に合うように、党事業をより一層改善し強化しよう」を文書で確認したところ、フォントの小さいハングル文書で7ページに及ぶ長い演説文であり、字数は8457字、原稿用紙56枚の分量だった。
ここで繰り返し23回も強調された単語が「党中央」である。
実は、「党中央」という用語は先代の金正日氏が元祖だ。金正日氏は、1974年の朝鮮労働党政治局秘密会議において、金日成主席の後継者に内定した。ただ、当時は権力の世襲を反対する他の共産国家の批判と制裁を恐れ、1980年の党第6次大会で後継者がオープンにされるまで、秘密事項としていた。
その間、金正日氏は諸外国には後継者に決まった事実を隠す一方、北朝鮮内部では、幹部や国民に自分が名実ともに北朝鮮労働党の最高権力者であることを知らしめ、実際に権力を行使するために、「党中央」という用語を使ったのだ。そのため、諸外国は北朝鮮の「党中央」が何を意味するのかが分からず、諸説乱舞したのである。
一方、金正恩総書記は政権を握った翌年の2013年6月19日に、権力構造が変化したことに基づき、金正日氏が制定した「党の唯一思想体系確立の10大原則」を「党の唯一指導体系確立の10大原則」に変更し、金正日氏との差別化を図るため、「党中央」という用語をすべて削除し、代わりに「党」という用語に置き換えて、最高権力者としての自身の称号とした。
それでは、とりたてて大きな権力構造の変化はないのに、なぜ金正恩総書記は本人が新しく定めた「党」という称号ではなく、再び「党中央」という言葉を復活させたのだろうか。金日成、金正日を越える存在になろうと試みる金正恩総書記の、今回の演説の核心部分を見ることで、「党中央」の新しい意味をきちんと知ることができるだろう。