2013年3月に行われた朝鮮半島有事を想定した米韓合同軍事演習「キーリゾルブ」の様子(写真:Photoshot/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

 やはり、というべきか。懸念はあっけなく現実となった。

 7月27日、韓国と北朝鮮は「南北通信連絡線(以下、連絡線)回復」について合意したことを発表し、即日連絡線を復旧させた。これにより、昨年6月に北朝鮮が一方的に南北間の連絡線を切断し、さらに開城の南北の共同連絡事務所を爆破して以来絶えていた南北間の通信が可能になった。

 そこのこと自体は評価できなくもないが、前回の寄稿<北朝鮮との連絡線回復の韓国、だが安直な恭順外交は許されない(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66294)>で示したように、これを契機に北朝鮮に圧力をかけられた韓国が、北に一方的にすり寄るような態度をとるのではないかとの危惧があった。

 嫌な予感は的中した。北朝鮮側には、米国軍と韓国軍が原則的に毎年開催している「米韓合同軍事演習」を中止させようとの魂胆があった。そして韓国は、北の意を汲むかのように、8月16日から開始予定の米韓合同演習の規模を、出来る限り縮小して実施する方向で調整しているのだという。

 大統領任期が来年5月までの文在寅大統領は、自らのレガシーとして、最後に南北関係で大きな成果を残したがっているとされる。だが、そのためだからといって、核やミサイル開発を進め各国に威嚇したり他国の国民を拉致したりする国の言いなりになるような態度は許されない。まして北朝鮮のやり方からして、演習の規模縮小で好意的な反応が得られるとはとても考えられない。何度同じ失敗を繰り返したら学ぶのであろうか。

 自らのレガシーづくりのために、北東アジアの安全保障体制を勝手に犠牲にすることなどあってはならない。

匿名の政府高官による「延期論」で観測気球

 文在寅政権の幹部は北朝鮮の言うなりになりたい人が多いようである。南北間の連絡線が復旧すれば、北朝鮮が忌み嫌う米韓合同軍事演習の中止を求めてくるだろうとの見通しで行動している。

 27日の連絡線復元を受け、わずか3日後の7月30日には、韓国統一部の高官による「個人的にだけでなく、当局者としても合同演習を延期するのが良いという考え」との発言が報じられ、韓国内で合同演習の「延期」が大きくクローズアップされることになった。これは軍事演習を直接担当する国防部の幹部ではなく、統一部の匿名の幹部から出たというところがミソだ。いわゆるマスコミを使った「観測気球」である。