土石流被災地に派遣された航空自衛隊の災害救助犬(航空自衛隊ツイッターより、以下同)

(数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)

 7月3日、静岡県熱海市で発生した土石流災害では、消防や警察、そして災害派遣として出動した自衛隊が救助にあたっていました。その中で注目を集めていたのが、航空自衛隊の災害救助犬です。倒壊した建物の中に泥だらけになりながら入って行く姿が印象的だったためか、ネット上では、犬好きの人だけでなく、多くの人が応援していました。

 この災害救助犬は、航空自衛隊が警備犬として各基地に配備し、普段は基地警備の一翼を担っています。映画などで軍用犬の活躍を見ることがあると思いますが、なじみのない方が多いでしょう。以下では、自衛隊における犬の活用について紹介するとともに、その問題についても考えてみたいと思います。

陸自は早い時期に廃止

 冒頭で述べたとおり、航空自衛隊では警備犬として多くの基地に犬を配置しています。主要な航空基地だけでなく、広大な敷地がありながら隊員が少なく警備負荷の高いレーダーサイトなど、分屯基地にも配備しています。航空自衛隊ほどではありませんが、海上自衛隊でも主要な基地の警備のために使用されています。

 一方、陸上自衛隊には存在していません。過去には使っていたのですが、かなり早い時期に廃止されています。

 空自の警備犬は、かつて「歩哨(ほしょう)犬」という名称でした。歩哨犬という名称が使われなくなったのは、歩兵が「普通科」と言い換えられているように、歩哨という言葉が軍隊を想起させるという理由があったかもしれません。そして何より、新たな活用方法が加わったため、2013年から「警備犬」が正式名称になりました(実際にはすでにその前から「警備犬」という名称が「歩哨犬」とともに使われていました)。

 新たな活用方法というのは、まさに今回注目を集めた「災害救助犬」としての活用でした。その契機は、言うまでもなく2011年に発生した東日本大震災です。

入間基地は空自警備犬のふるさと

 実は、警備犬の災害救助犬としての活用は、空自よりも海上自衛隊の方が先行していました。東日本大震災での災害派遣に対して、海自は2頭の警備犬を災害救助犬として投入しています。

 この時、空自の関係者も警備犬の投入を考えたようですが、当時は災害救助犬としての訓練ができておらず、投入は見送られました。その反省を踏まえ、2012年からNPO「救助犬訓練士協会」の協力の下、訓練が開始されています。中心となったのは、今回の土砂崩れにも警備犬を派遣した埼玉県入間基地にある「歩哨犬管理班」(現在は「警備犬管理班」)です。

 空自は、警備犬を各基地で訓練するのではなく、この入間基地の警備犬管理班で実用に耐えるレベルまで訓練し、各基地に配置する体制を取っています。各基地では実地訓練だけを行っているのです。入間基地は、全ての空自警備犬のふるさとと言えます。

 この歩哨犬管理班(当時)での災害救助犬としての訓練を経て、災害地に派遣できる態勢が整ったということから「歩哨犬 → 警備犬」という名称変更がなされたというわけです。

「警備犬を災害救助犬に」デメリットはないのか?

 実を言うと、2012年に空自で災害救助犬としての訓練が始まった当時、私はこの動きに批判的でした。現在でも諸手を挙げて賛成とは言えません。警備犬を災害救助犬として活用することには以下のようなデメリットが存在しているからです。

 佐藤正久参議院議員(元陸上自衛官)は、今回の災害派遣に関するツイートで「警備犬と救助犬とでは、活動が真逆の部分もあるので、双方の訓練が極めて大事との呉総監の説明も」と発言しています。警備と災害救助では、犬に異なる能力が必要となるのです。

 私は、元々犬が好きなこともあり、部隊で警備犬(当時はまだ歩哨犬と呼ばれていました)の近くを通る際、頭をなでてやろうとしたことがあります。しかし、警備に就いている隊員から警備犬には近づかないよう注意されました。

 警備犬は、警備の隊員以外には警戒するよう訓練されていたので、自衛隊員でも近づくことは危険だったのです。そして、それ以上に、もし警備犬が警備に就く隊員以外に慣れてしまうと、警戒するという任務自体が達成できなくなるのです。

「撫でないで」(DO NOT PET)と書かれた首輪を付けた警備犬とハンドラー

 一方、災害救助犬の場合、活動する現場では自衛官の他にも警察や消防など様々な人が活動しています。倒壊した建物に入って行く必要性からリードを外している場合も多くあります。そのため、ハンドラー(警備犬を扱う隊員)以外の人に攻撃することなどないように、誰にでも慣れていなければならないのです。

警察・消防などと共に活動する空自の警備犬とハンドラー

 隊員ならば「警戒すべき場合」と「災害派遣の場合」のそれぞれで行動を変えることができます。しかし、犬にそれを理解させるのは容易ではありません。両方に対応させようとすると、結果的に、警備だけ、あるいは災害救助だけ、を行う場合と比べてスキルが下がる恐れがあるのです。

 私は、航空祭などで公開される警備犬の訓練展示を見に行くことも多いのですが、災害救助犬としての訓練が始まった2012年の入間基地での訓練展示では、それ以前と比べて警備犬としての能力が下がっているように見受けられました。

 この時、模擬不審者を警備犬が襲撃する展示が行われていました。訓練展示では最も迫力があり見せ場となる展示です。この“襲撃”は実は襲撃させるだけなら難しくありません。犬が本能的に行うものだからです。逆に、本能に逆らって襲撃を止めることが難しいのです。

 不審者を襲撃する場合、ハンドラーが警備犬に襲撃を命じた後、不審者が手を上げるなど抵抗を止めれば、襲撃を止めなければなりません。警備犬を使用する場合の多くは、敵兵を殺傷してもいい防衛出動下ではなく、警察官職務執行法の準用で行動しなければならないケースが想定されているからです。

 この時の襲撃展示では、警備犬が模擬不審者に襲いかかってから、ハンドラーが襲撃を止めることを命じても、止めることができず、ハンドラーが首輪に手をかけ強引に引きはがさなければならない状態でした。これが展示ではなく実際の不審者への襲撃だった場合、ハンドラーは傷害罪で罪に問われてしまう可能性もある状態でした。

 自衛隊以上に警備犬に高度な訓練を行っている米軍の横田基地での警備犬展示では、この襲撃中止を、声の命令だけで確実に行わせています。

両立は可能か?

 警備犬を災害救助犬として活用するために、より厳しい訓練を課せば良いのではないか、と考える人もいることでしょう。しかしながら、私は2つの点から難しいと考えています。

 1つは、犬の寿命が短いことです。警備犬の犬種はジャーマンシェパードなどで、寿命は10歳前後です。その上、警備犬は、ストレスも多いためか、家庭で飼育されている犬よりも寿命が短くなる傾向があります。また幼犬、老犬は実務に耐えられませんので、訓練を始めてから引退を迎えるまで長くても8年くらいしかないのです。

 もう1つは、警備犬は、警備という実任務に就いているため、訓練時間を十分に取ることが難しいということです。

 警備犬は、不審者が発見された場合に、ハンドラーと共に出動することもありますが、最も頻繁に行われる警備方法は、定点(ワイヤーを使用して、ある程度移動できるパターンが多い)での係留です。犬はそもそも群れる動物なので、基本的に1頭で係留されるとそれだけでストレスになりますし、露天での係留は暑さ寒さにさらされます。係留した後は、犬舎で休ませる必要があります。日常的な警備だけでかなりの体力を消耗するということです。

 入間基地の警備犬管理班と協力する米軍横田基地の憲兵隊「K-9」(米軍では警備犬およびその部隊をK-9と呼称しています)は、実質的に「師」といえるほどの高い能力を有していますが、基本的に警備犬としてのみ訓練・活用されています。

警備犬が覚えなければならないスキル

 それに、そもそも論になりますが、警備犬として覚えなければいけないスキルはかなり広いのです。

 上記の係留警戒は最も基本的な任務で、不審者を見つけたら吠えるだけなので、訓練は容易です。一方、不審者が発見され、ハンドラーとともに現場に急行する場合には、さまざまなスキルが必要となります。一部を例示すると次のとおりです。

・匍匐前進のように、身をかがめ、姿を発見されないように前進する。
・不審者の匂いを嗅ぎ付けた場合には、吠えることなくハンドラーに知らせる。
・不審者が逃亡を図る場合、ハンドラーの指示で不審者に接近し、間近で噛みつくことなく吠える(禁足咆吼:きんそくほうこう)ことで不審者の動きを封じる。
・ハンドラーがボディチェックを行う間は、監視を行い、不審者がハンドラーを襲う場合には、これを助ける。
・不審者が武器を持って抵抗する場合は、襲撃を行いハンドラー及び警備部隊を補助する。
 さらに、基地に持ち込まれる爆発物・危険物を警戒し、探知犬として使用する場合は、各種の爆発物、危険物の臭気を記憶し、それらを嗅ぎ付けた場合はハンドラーに知らせるという、これまた全く違った動きを訓練しなければなりません。

 これら全てを行うことに加え、前述したように、ハンドラー以外に対しては警戒心を持たなければなりません。基本的な動きが大きく変わる警備犬と災害救助犬との両立は難しいでしょう。

ではどうするべきか?

 両立できないのならば、別任務用として専門化するしかありません。

 これにはメリットもあります。人間に向き不向きがあるように、犬にも性格の違い、任務への向き不向きがあるのです。

 警備犬には警戒心が必須ですが、どうにも人懐こい犬もいます。そして、このような犬は、多くの人が活動する災害現場でもなじめますし、倒壊した建物で苦しんでいる人を見つけ出すことに犬自身も喜びを見出して積極的に働きます。逆に、特定の人(ハンドラー)以外にはなつかない警備犬向きの犬もいます。

 犬は、幼犬段階では適性が必ずしもハッキリしません。犬も人と同じように成長すると子供の頃とはガラッと印象が変わってしまうことがあるのです。基礎訓練を行いながら、警備任務に就けるのか、災害救助任務に就けるのか、適性を見定めることが必要です。

 しかし、これにも問題があります。各基地にはそれぞれの警備犬需要があるため、従来と比べて多くの犬が必要となってしまうのです。すると、犬の購入費用が余分にかかるだけではなく、犬舎、ドッグフード、狂犬病の予防注射など様々な費用の増大につながります。最たるものは、ハンドラーの増員にかかる費用です。

 予算も問題ですが、防衛省・自衛隊では、現在隊員の不足が深刻化しています。警備犬、災害救助犬を多く維持するために隊員も多く確保することができるのか、考えなければならないでしょう。

“警備犬”は必要なのか?

 今回の土砂災害では、自衛隊の警備犬が災害救助犬として多くの注目集めました。実際に救助に役立ったでしょうし、世論も好意的です。

 倒壊した建物に入って行くことのできるドローンは、近いうちに現実のものとなるかもしれませんが、生存者の臭気を検知し、探し出す高度なAI機能まで持つドローンとなると、まだ当分の間は実現が難しいと思われます。災害派遣が本来任務化され、災害派遣を理由に予算を取ることもできるようになっている以上、今後も災害救助犬を育成・維持してゆくべきでしょう。

 その一方で、「果たして警備犬は必要なのか」という議論も今後強まってくるのではないかと思います。飛翔するドローンやUGV(Unmanned ground vehicle:地上走行ドローン)で良いのではないか、と考える人もいるからです。実は、この考え方自体は古くから存在します。基地外周などに設置している監視カメラや各種警戒装置があれば、警備犬は不要だろうという考え方です。かなり昔の話になりますが、陸上自衛隊が警備犬を廃止したのも、「これからは機械の時代だ」という理由だったようです。

 ドローンやUGVの導入は確かに必要でしょう。しかし、私は警備犬も必要だと思っています。“深刻ではない脅威”に警備犬が対応することで、結果的に“深刻な脅威”への対処能力を高めることができるからです。

 あまりニュースになることはありませんが、自衛隊基地への侵入事案は少なからず存在しています。そして、その侵入のほとんどは、情報収集などではなく、ささいな理由によるものです。たとえば度胸試しをする若者だったり、気が大きくなった酔っ払いだったりします。私が在籍していたときは、知的障害者などによる意図不明な侵入もありました。敷地が広く、物珍しいものが多数存在する基地に入ってみたくなる人は多いようです。

 こうした侵入も不法侵入ですから法律で罰することもできるのですが、さほどの悪意もなく、警察に引き渡したところで立件しないことが普通です。これらの立件するほどでもない侵入者に対して、警備犬の存在は抑止力として非常に有効です。諸外国の基地では、一定のエリアに警備犬を放してある場合もあります。犬に襲われるかもしれないという恐怖は本能的なものでもあるため、侵入を思いとどまらせる効果が大きいのです。ドローンでは、心理的な抑止効果は期待できません。

 これによって、言わば”誤警報”を少なくすることができます。“深刻ではない侵入”が減り、侵入事案の中で本物の悪意ある侵入の割合が多くなるため、適切な対処がやりやすくなりますし、警備部隊の負荷も減るというわけです。

 現状、航空自衛隊ではかなりの数の警備犬を配備しています。もしそれらの警備犬を廃止して災害救助犬だけとした場合、警備部隊は侵入事案に振り回されることになるかもしれません。災害救助犬としては優秀な、しっぽを振ってくる愛らしい警備犬では、警備犬としての用を成さないのです。

倒壊建物を捜索する災害救助犬