(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
欧州連合(EU)のドムブロフスキス欧州委員(通商担当)は5月4日、昨年末に中国との間で合意に達した包括投資協定(CAI)について、欧州議会での批准手続きを停止したと発表した。その理由として、ドムブロフスキス欧州委員は双方の関係悪化を挙げている。特にEU側が問題視しているのが、新疆ウイグル自治区における人権抑圧問題である。
EUの執行機関である欧州委員会は3月22日、この問題を理由に中国に対して制裁を科した。具体的には、新疆ウイグル自治区での非人道的行為に加担したとされる法人と個人に対して資産の凍結と渡航の制限を課すもので、中国の行動変容を実際に促すことよりも、あくまで象徴的な意味合いの強い措置だったと言える。
もちろんこの制裁は、対中圧力を重視する米国と歩調を合わせる必要から実施されたものだが、同時に行政府である欧州理事会がEUの立法府である欧州議会に配慮する観点からも実施されたものであった。言い換えれば、EUにおいて中国への制裁を重視しているのは欧州議会であり、欧州委員会は必ずしも対中圧力の強化に乗り気ではないという事実がある。
もともとCAIは、中国よりもEUにメリットが大きい協定である。CAIによって、EUの企業が中国で投資を行う際の自由度が増すためだ。欧州委員会にとって、CAIを批准するためには中国への圧力を重視する欧州議会を懐柔する必要がある。そのジレンマの中で、欧州委員会は中国に対して制裁を科したわけだが、結局のところ批准手続きの停止に追い込まれた。