無法地帯
双葉町へと車を走らせた。途中すれ違う車はない。コンビニがあった。もちろん無人だが、様子がおかしい。店のドアが開いている。中を窺うと複数の泥の付いた足跡があった。足跡はキャッシュディスペンサーへと向かっていた。
「現金がやられている!」
と、Tさんがこちらを振り返って言った。見るとキャッシュディスペンサーがバールかなにかでこじ開けられ、めくれている。店内に残された食料品には手が付けられていない。ガラスケースの中に鶏の空揚げが残っていた。
火事場泥棒のような犯罪が多いとは聞いていた。浪江町でも不自然に玄関や窓の開いた家を何軒か見かけた。
そう考えると、我々二人もかなり怪しい存在だ。人のいない町を勝手に歩き回っている。しかし誰にも見咎められない。あらぬ疑いをかけられぬよう、無人のコンビニを早々に退却した。
双葉町に入った。
福島第一原発は大熊町と双葉町にまたがるように立地している。どちらも福島第一原発の企業城下町だ。住民の多くが原発及びその関連施設に職を得ていた。双葉町役場の前には道路を跨いで大きな看板が掲げられていた。
<原子力で明るい未来。正しい理解で明るい未来>
未来は時に想像もつかない形でやって来る。
「今、原発では命を投げ出して事故と格闘しているんだな・・・」と、Tさんがぽつりと言った。
波しぶきの向こうに見えた原発
海岸近くまで車で行き、崩れた防波堤に登って西の方角を見渡した。だが、小高い丘と樹木に阻まれて原発は見えない。そこから原発の見える地点まで歩くことにした。海岸と並行するように、藪を掻き分けながら小さな丘をいくつか越えて歩いた。それでも原発はなかなか姿を見せない。今まで、かくべつ原発を見たいなどと考えた事はないが、こうなっては、原発が何か人知れない迷宮のようにも思えてくる。そろそろ見えてもよさそうな距離まで近づいたので、海に突き出た防波堤に登った。
すると、激しく岩に砕ける波の右手前方に、薄く靄がかかった原発が見えた。建屋の上へとクレーンのような物が伸び、放水が行われているのが微かに見えた。望遠レンズで覗くと、より鮮明に原発が目の前に迫ってきた。一瞬、思考が停止した。「怖い」とも感じた。天国は見えないが地獄は見えた。
「あれが今、世界中の眼が注がれている原発か・・・」と、やはり呆然と原発を見ていたTさんが呟いた。そして思い出したように線量計を取り出した。今、我々の立っている場所は運悪く風下で、生ぬるい風が体に吹きつけていた。線量計の針が大きく揺れた。放射線は痛くも痒くもないが、物理的法則では鉛以外のものを貫く。「今、俺たちは被爆しているよ。工具屋で買った防護服なんか気休めだ。何の意味もない。やばいな!」とTさんが言った。黙って頷いた。
確かにやばいかもしれない。しかし無理をして来てよかった、とも思った。この目で確かめた原発の状況、本能的に怖いと感じた事が、これからの取材の原点となるはずだ。
草や木も、たぬきや野ネズミ、枯れ枝にぶら下がった蓑虫さえ、全てが被爆している。そう思うと、目の上を飛ぶカラスにさえ、なぜか親しみを感じた。遠くでまた犬が吠えている。「ここにいるぞ!」。
不思議な20分程の後、その場を離れた。