これは地方の小さな「弁当屋」を大手コンビニチェーンに弁当を供給する一大産業に育てた男の物語である。登場人物は仮名だが、ストーリーは事実に基づいている(毎週月曜日連載中)

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平成10~13年:51~54歳

「立派な大学を出ておられるのに、50歳になっても課長止まりと言うのは如何なんでしょうか。それに、早期退職制度に応じて辞めると言うのも、余り感心しませんね。入社されるのはともかく、いきなりの取締役就任は見合された方が良いと思います」

 三城取締役経理部長の言い分には、どこか自分のポジションを脅かされることへの警戒心が隠されているように感じられたが、森重社外取締役の意見には、一理あると同意せざるを得なかった。

「人には向き不向きがあるものだ。彼の実績は建設機器の営業によるモノであって、食品製造業での経営管理では未知数だ」

「いかに友達とは言え、力量も見極めず慌てて取締役に就かせるのは止めた方が良い。むしろ友達だからこそ慎重に対処すべきで、周囲を納得させてからでも決して遅くはないはずだ」

 恭平は二人の意見を尊重して、崎谷純一の入社直後の取締役就任は見送った。

 役職に関係なく崎谷は期待に応え、三城部長が地均しした諸制度のレベルアップを図り、若手社員の教育にも精力的に貢献し、一年後の株主総会では満場一致で取締役に就任した。

 崎谷取締役管理本部長が誕生した1年後、高校時代からの友人、源田実三郎から珍しく切羽詰まった調子での電話があった。

「本川、頼みがあるんだ。来年から俺をお前の会社で働かせてくれないか…」

 全く予想だにしていなかった、畏友、源田の言葉だった。