「パワハラ防止法」の罰則規定は?

 なお、今回施行となったパワハラ防止法に罰則規定はない。ただし、「厚生労働大臣が必要と認めれば、事業主に対して助言、指導または勧告をすること」ができるとしており、事業主が勧告に従わない場合は、その事実を公表する可能性があるとしている。

 これは、パワハラ被害者からの相談に応じる窓口の設置と、その適切な運用を怠っている場合や、パワハラの被害を相談した従業員を解雇するなど、不利益な扱いをしている場合に対象となる可能性がある。

 また、パワハラが発生していることを知りながら、企業が適切に対応しないでいると、「職場環境配慮義務違反」となる可能性がある。企業は労働契約に基づいて、従業員に適切な労働環境を提供する義務がある。パワハラを見て見ぬふりをしているとその義務を怠ったということになり、従業員が企業を相手に損害賠償を請求する訴訟を起こす可能性があるのだ。職場環境配慮義務違反は大企業に限らず、中小企業も対象になるので注意してほしい。

「パワハラの問題で、役所から指導、勧告を受けても従っていない企業」「パワハラを放置していたら、従業員から訴訟を起こされた企業」という評判が立ったらどうなるか。誰もそのような企業で働きたいとは思わないだろう。パワハラの問題は単なる社内の揉め事ではない。悪評が立てば、優秀な人材を獲得するうえで取り返しのつかないダメージを負ってしまう可能性があると考えるべきだろう。

「パワハラ防止法」を遵守するうえでの3つのポイント

 最後に、企業がパワハラ防止法を遵守するにあたって、実際の対応や準備などに役立つ3つのポイントを紹介したい。

(1)事実関係の調査
 相談窓口の担当者は相談にやってきた被害者に寄り添うばかりではなく、中立の立場で話を聞くことが大切だ。加害者とされる従業員からも同じように中立の立場で話を聞き(その際には相談者の了解を得ること)、目撃者といった第三者からも話を聞いてみると、パワハラの事実を確認できなかったということもあり得る。

 それでも、被害者は加害者の行為に傷ついているのだから、加害者に何かしらの問題があることが多いだろう。このようなときは加害者に、どのような点が問題で、改めなければ、どのようなパワハラ行為に発展するのかを明示し、注意しなければならない。

 加えて、関係者からの聞き取り調査は、なるべくほかの従業員に知られないように進めた方が良い。聞き取り調査をしているという事実が広まるだけで騒ぎになり、相談者が職場に居づらくなってしまう可能性があるからだ。

(2)弁護士への協力依頼
 パワハラ防止法は施行から間もないため、裁判の判例もなく、社内の法務担当者でも内容を詳しく把握できていないということが多い。就業規則にパワハラを禁じる項目を加える際には、慎重に取り組むべきだろう。よかれと思って作ったルールがいらぬ軋轢を生んでしまっては元も子もない。そのため、法律に準じた就業規則作りには、弁護士の協力を仰ぐべきだ。

 研修でも「このような例がパワハラに当たる」と従業員に示す場合も注意が必要だ。法律の解釈を誤ると、本来パワハラであるはずの行為をパワハラでないとしてしまったり、反対にパワハラではない行為をパワハラとしてしまったりする可能性がある。研修を実施するうえでも弁護士の力を借りて教材を作り、講師もなるべく弁護士に依頼した方が良いだろう。そのうえで、多くの人が知らないうちに犯してしまうパワハラの実例を解説するといいかもしれない。

(3)経営トップの率先した発信
 企業が真っ先に取り組むべきは、経営トップによる「パワハラを許さない」という全社員への周知だろう。トップがしっかり意思表明をすることで、企業全体にパワハラを許さない風土が根付く。風土が根付かなければ、パワハラ被害者が訴え出て、加害者が処分を受けても、被害者は周囲から扱いにくいレッテルを貼られ、結局職場に居づらくなるということになってしまいかねない。

 そして、パワハラの問題については誰よりも先に経営トップが率先して取り組まなければならない。パワハラは「優越的な関係」から発生する。経営トップは社内で誰よりも優越的な立場にいる。叱咤激励のつもりがやり過ぎてしまってパワハラになってしまうことも十分考えられる。

 加えて、社内規定にパワハラを禁じる条項を加えるときも、経営トップが協力的でないと、いつまで経っても話が進まないだろう。経営トップはまず、自分自身がパワハラを働かないように、研修も進んで受講し、心の底から「パワハラを許さない」という気持ちを持ち、その思いを従業員に伝えるべきだ。その思いを社内規定に込めれば、企業文化は確実に変わっていくだろう。

「パワハラ防止法」は6月に施行されたばかり。手探りの状態で準備を進めている企業は少なくないだろう。ただ、パワハラの定義や義務付けられる内容について「知らなかった」「何も準備していない」では済まされない。厚生労働省のデータが示す通り、パワーハラスメントで悩む従業員は増えているのが現状だ。パワハラは職場が抱える潜在的な問題の一つ。何かトラブルが起こった際に、迅速に対応できるよう、例えば「相談窓口の設置」や「社内アンケートの実施」、「社内研修の開催」のような、現場に直結する施策は優先順位を高くして取り組むようにしたい。

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HRプロ編集部

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