統一部長官候補に指名された李仁栄氏(前列左)。写真は昨年11月25日の共に民主党院内代表だったときのもの。右は李海チャン・共に民主党代表(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

 7月23日、新しい統一部長官候補に指名された李仁栄(イ・インヨン)氏の人事聴聞会が国会で行われた。統一部は、朝鮮半島の南北統一や北朝鮮政策の事務を司る官庁で、そのトップに立つ人物の思想信条は、韓国の対北朝鮮政策に大きく影響を及ぼす。

 そこで、この会合での李仁栄統一相候補の発言を中心に、李候補の思想傾向、政策を予想・分析してみたい。

北朝鮮が「期待」する統一相候補は元親北団体議長

 北朝鮮の対南宣伝メディアの自由新報は14日、韓国のインターネットメディアの自主日報が8日に掲載した『試される全大協(全国大学生代表者協議会)議長』という記事で、全大協の第1期と3期の議長、李仁栄氏と任鍾ソク(イム・ジョンソク)大統領外交安保特別補佐官について取り上げたことを報じた。

 全大協は韓国の学生団体で、親北団体としても知られる。その第一期と第三期の議長が、揃って文在寅政権で外交・安全保障分野の要職に起用される見込みになっているわけだ。

 記事は、自主時報の記事を要約したうえで、「わが民族同士の哲学と米国に対抗する勇気を出すべき」「韓米ワーキンググループ、THAAD、米韓合同訓練はすべてなくすべき」と述べ、「今回の人事で李仁栄と任鍾ソクの二人にかける期待が大きい」と報じた。

 友好国から期待されるような人事は、国同士の協力関係を促進するうえで極めて好ましい人事である。しかし、韓国や米韓同盟とは敵対し、国際社会の反対を押し切り核ミサイル開発にまい進するとともに人民の人権を踏みにじる北朝鮮政府が期待する人事は、韓国の安全保障を脅かし、国際社会との協力に逆行する人事と言わざるを得ない。李候補を具体的に分析し検証してみたい。

統一相は対北朝鮮制裁の回避を主導

 李仁栄氏は21日の会見で、南北間で物々交換方式の「小さい交易」を提案した。「人道的交流と関連した領域においては韓米ワーキンググループで話さず、(韓国政府が)独自に判断する」「北朝鮮の白頭山(ペクトゥサン)の水、大同江(テドンガン)ビールと韓国のコメ・医薬品」を現物で交換する案を例に挙げた。この例示品目が、安保理が禁輸品目に指定していないものだからと思われる。

 北朝鮮が求めるのは、現金収入であり、こうした物々交換方式にすぐに乗ってくるとは思われないが、こうして風穴を開けることで、制裁のなし崩し的な無効化を狙っている可能性がある。

 こうした物々交換の提案については、韓国の外交部からも懸念の声が出ている。ある当局者は「(安保理の制裁に)抵触しないようしっかりとチェックすべきだ」と述べたという。

 また輸送方法にも技術的な問題がある。「トラックは軍用転換の恐れがあることから安保理制裁により北朝鮮への搬入が禁止されており陸路は不可能。空路や海路では、米国は北朝鮮に立ち寄った船舶や航空機の自国への入港と着陸を一定期間認めておらず、制裁対象になる可能性が高い」という。