(PanAsiaNews:大塚智彦)
インドネシア汚職史上最大級とされる巨額汚職事件の捜査を担当していた「国家汚職撲滅委員会(KPK)」の捜査官が、3年前、硫酸とみられる化学薬品を顔面にかけられて片目を失明するという凶悪事件が起こった。事件の実行犯として逮捕、起訴されたのはなんと2人の現職警察官。その2被告に対する求刑公判が6月11日、北ジャカルタ地方裁判所で開かれたのだが、検察側の求刑のあまりの軽さに、インドネシア中が騒然となっている。
検察が2人の被告それぞれに対して求めたのは、わずか禁固1年の刑だった。
容疑者逮捕当時から、治安当局・司法当局は「早期判決、短期の懲役、早期仮釈放」というシナリオを描いているのではないか、との疑惑があったが、今回の求刑はそうした大方の予想、見方を裏切らずに進行していると言える。そのため、人権団体や地元マスコミからは「事件の黒幕が明らかにされることなしに幕引きが画策されている」と司法当局への批判が高まっている。
大統領の怒りで一転して警察官逮捕の怪
改めてこの事件を説明しよう。総額2兆3000億ルピアが不正に流用されたとされる「電子身分証明書(e-KTP)事業」に関わる国会議員や官僚、ビジネスマンを巻きこんだ巨額汚職事件を捜査していたノフェル・バスウェダン捜査官が、2017年4月11日にジャカルタ・クラパガディンの自宅近くでバイクに乗った2人組の男から顔面に化学薬品をかけられたというものだ。
シンガポールに搬送されて治療を受けたバスウェダン氏だったが、左目を失明、右目も約50%まで視力が低下する重傷を負った。
インドネシア国家警察は、国家機関の捜査員が襲撃されるという重大事件として特別捜査班を組織して捜査を進めたものの、2019年7月に「犯行には3人が関与」とする一方で、「KPKの過剰な権力行使による汚職捜査の手法が襲撃事件の遠因となった」などとKPKやバスウェダン捜査官に非があるような内容の報告書をまとめ、警察は3人の容疑者の特定もせず捜査を終了しようと画策した。
これに対し怒りを露わにしたのが、外ならぬジョコ・ウィドド大統領だった。ジョコ大統領は警察に対して、犯人逮捕を厳命するとともに、同年12月9日には国家警察長官を呼びつけて捜査進展状況を直接質した。
こうした大統領の姿勢に忖度したかのように、事件発生から2年半以上進展のなかった捜査は、大統領が国家警察長官を呼びつけた15日後の12月26日、現職警察官2人が容疑者として逮捕されたのだった。