ウイルスの輸入を阻止した水際対策

 では3月下旬に感染がピークアウトしたのはなぜだろうか。2月末に安倍首相が自粛を呼びかけてからも、3月前半には人の移動はほとんど減っていない。たとえば都営地下鉄の利用者が大きく減り始めるのは4月初めからである。

 その1つの原因は3月25日に小池知事が行った緊急記者会見だと思われるが、もう1つは3月29日に死亡した志村けんの影響だろう。世論調査では、60%の人がこの事件で「身の危険を認識した」と答えたが、これだけでは感染者数の変化は説明できない。

 1ページの図でもわかるように、2月上旬には2を超えていた実効再生産数は、2月下旬には1を下回ったが、3月下旬にまた2を超えて「第2波の到来」といわれた。人々の移動は2月から単調に減ったが、感染者数は3月後半に上がったのだ。

 その原因はヨーロッパ型ウイルスの輸入だと思われる。2月上旬に日本に入ってきたのは、武漢など中国から入ってきた(おそらく弱毒性の)ウイルスで、これは2月に行われた入国制限で阻止された。

 しかし3月上旬にイタリアで感染爆発が始まり、その(おそらく強毒性の)ウイルスがヨーロッパ全体に広がり、アメリカにも拡大したと推定されている(国立感染症研究所)。

 日本は1月31日に武漢などからの入国を拒否したが、それ以外の入国制限が遅かった。中国と韓国からの入国を全面的に拒否したのは3月9日、ヨーロッパからの入国拒否は21日、アメリカからの入国拒否は26日である。3月末までに73カ国からの入国が制限されたが、この時期にヨーロッパからウイルスが入った。

 それを最終的に止めたのは、外国人の入国を拒否する水際対策だった。その結果、今年2月の外国人新規入国者数は98万9000人と前年同月の半分以下だったが、3月には15万2000人に激減し、4月にはわずか1256人になった。

 その後も国内で感染が拡大しなかったのは、よくも悪くも日本人の均質性が高いからだろう。ヨーロッパでは水際で止めても国内に多くの移民がいるが、日本にはヨーロッパ系の外国人は少ない。それが水際対策の効果を高めたのではないか。

 今回の空振りの教訓は、日本では緊急事態宣言による行動削減の効果はほとんどなく水際対策が重要だということである。今後の出口戦略でもハイリスクの高齢者以外の休業要請は中止し、水際対策に重点を置いたほうがいいだろう。