世界で起きている本質を見るには肉眼以外の眼をもつ必要がある

 世界中に送電線が張り巡らされ、光が闇を覆い尽くす現代でも、この世の裏側に、目に見えないものが棲む闇は存在する。

 かつて、この世を遍(あまね)く照らす日の神アマテラスが岩戸に隠れると、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が世に溢れ満ち満ちた。しかし、光が闇の世界に勝利すれば、敗れたものが再び闇という他界へと消えゆく。

 だが、もし闇の勢力が旺盛となれば、どうなるか。

 かつて桓武天皇は遷都を断行。奈良時代末、長岡京は桓武天皇により平城京から遷都された都である。

 しかし、身内に不可解な死が相次ぎ、それに加え河川氾濫による洪水と天然痘が流行。

 陰陽師によると、その原因が、幽閉され絶食で命を絶った早良親王の「怨霊」にあると告げられた桓武天皇は、長岡京遷都からわずか9年で平安京(現在の京都市)へ再び都を移転した。

 平安時代から中世にかけて、目に見えないが確かに存在する気配、霊的な存在を「モノ」と呼んだ。「モノ」が病むと「モノノケ(物の怪)となり、その代表的なのが鬼である。

 では鬼の実体は何か。

 それは人間から人間性を殺(そ)ぎ落としたもの。怨念や嫉妬、憎悪など人の心が凝り固まると人は鬼に変化するようだ。

『新約聖書』の最後に配された聖典で唯一、預言書的性格を持つ『ヨハネの黙示録』では、闇も夜も神の救済が届かない悪の支配領域とされ、闇は悪魔やサタンと、対する光は、天使やミカエルと結び付けられてきた。