国税庁の国税総合管理システムでは過剰な現場最適化を進められた(写真:広田望)

 新型コロナウイルスは、肺炎だけでなく別の悪癖も発症させたようだ。

 緊急経済対策として1人あたり10万円を配る「特別給付金」の給付にあたり、京都市などはオンライン申請のためのシステム開発に乗り出している。同じ特別給付金を配る機能を、なぜか自治体ごとに開発しているのだ。

 行政のITシステムに必要な機能は、どの自治体でもさほど変わらない。ソフトウェアであれば一瞬で複製でき、ほとんど複製コストもかからないはずだ。しかし、なぜか日本の自治体はそれぞれシステムを独自に開発してきた。原因は日本の悪癖である「自前主義」だ。

現状維持に金が溶ける自前主義システム

 標準化できるシステムを独自に開発してしまう悪癖は、強すぎる現場の裏返しのようなものだ。自治体でいえば、住民の相談を受ける窓口の担当者のような現場の担当者による業務の効率化意識が強く、行政システムに対して要望を口にする。

 しかし、こうした要望は「自身が所属する現場」だけを見た効率化の希望の場合が多い。そこには他の自治体と行政サービスの改善や効率化のノウハウを共有したり、システムを共通利用して全体のコストを下げたりといった全体最適の意識は希薄だ。

 地方公共団体情報システム機構のような組織が標準機能を用意しても、「結局は自治体ごとの要望が強く、場合によっては支所ごとにカスタマイズが必要になることもある」(大手IT企業の公共事業担当)という。こうして魔改造された行政システムで、日本の公共サービスは運営されている。

 全体最適と個別最適は、どちらか一方ではなく、両方加味してバランスを取らなければならない。しかし、全体を見る組織のトップが「ITも所詮は道具の一つ」と関心を持たなかったりすれば、システムは担当者に丸投げされがちだ。現場に偏った意見を基に、トップの理解も得られないまま担当者が個別に動けば、自治体ごとに独自開発してしまうのも必然かもしれない。

 政府のITシステムは「自前主義」との戦いといっても過言ではないだろう。例えば、国税庁が導入する国税総合管理(KSK)システムには、1990年に国税庁の現場業務を知る文具店がシステム開発に参画するなど、過剰な現場最適化を進めてしまった歴史がある。

 KSKは標準化とは程遠い独自仕様で開発され、法改正やセキュリティ対応などの機能追加を重ねた結果、現状の機能維持だけで運用費用が肥大化した。2006年からコスト削減を目的としたシステム改修の12年計画も実施されたが、国税電子申告・納税システム(e-tax)やマイナンバー対応といった追加要件もあって改修は難航。今も年間300億円ほどがシステムの現状維持に費やされている。さらなるコスト削減のために、560台ある業務用コンピューターを廃止する追加の改修を進めている最中だ。

 システムの独自仕様を追求して金を溶かすのは民間企業も同様だ。情報処理実態調査(2018年、経済産業省)によれば、1社平均 IT関係諸経費は9億6044万円。こうした予算のうち、約8割が現状維持のために投じられているという(企業IT動向調査報告書2019、日本情報システム・ユーザー協会)。上場企業だけで計算しても、毎年約3兆円がシステムの現状維持に消えていることになる。

民間企業のIT予算のうち、約8割が現状維持のために投じられている

 働き方改革が叫ばれていたにもかかわらずテレワークの準備がなく、コロナ禍で在宅勤務に対応できずに慌てふためく様子は、特別給付金の対応に奔走する行政とダブって見える。

出鼻をくじかれた治療計画

 政府は自前主義の悪癖を自覚し、見直しに乗り出している。全体的な視点が必要との考えがあってか、省庁ごとの縦割り組織に横串を挿せる政府CIO(最高情報責任者)を2013年に新設。デジタル宣言・官民データ計画も2017年5月30日に閣議決定させた。

 政府CIOが主導するシステムの標準化を含んだ公共サービスの見直し、通称「デジタル・ガバメント計画」は、2019年12月20日から始まっていた。総務省でも「自治体システム等標準化検討会」を発足し、2020年春にも自治体ごとの独自カスタマイズを避ける前提での標準仕様書案作成を目指していた。

 そんな悪癖の治療が走り始めた矢先のコロナ禍だ。見直しや標準化の重要性を説こうと準備をしている最中に特別対応が必要になり、改修する前の独自仕様のままのシステムに機能を拡張する格好となったようだ。緊急だから、暫定対応だからと見直しや標準化の意識を廃したまま対応が進めば、走り始めた行政ITの見直し計画が骨抜きにされかねない。