新型コロナウイルスは日常生活のあらゆるところに付着していると考えておいた方がいい

 新型コロナウイルスの流行、蔓延に対して「緊急事態宣言」が発せられた後にも、感染者数の増加はしばらく、うなぎのぼりのままを続けると見込まれています。

「8割おじさん」から死者40万人という非常に穏やかな「最悪の見通し」が発表されていましたが、立場柄、あの程度に抑えたシミュレーションを出しているのかと思われます。

 大学の内外で「西浦計算は根拠を示せ」という声ばかり耳にしていましたが、本稿に先立って中村潤児先生の「中村モデル」をご紹介しました。

 あれこれ細かな条件を付けると「見通しの悪い計算」になりやすいので、原理、前提と帰結が明確なシンプルな計算から出発して、次第に近似の度合いを上げていく、というのが理学の王道です。

 そのように指摘させてもらいました。

 患者数急増が当たり前は当然で、仮に4月8日を機に、あらゆる社会経済の人的接触が「ゼロ」になったとしても、それまでに感染した人の発症や感染確認には時差が伴いますから、5~10日ほどは、余波が止まりません。

 新たな感染者数が伸びないのは、検査人数が少ないからであるのは、東京都のホームページ(https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/)を見れば一目瞭然のことに過ぎません。真の感染者数は推測するしかない。

 例えて言うなら、運転中の車と同じことで、急ブレーキを踏んだとしても「空走距離」という、それまでの勢いのために「走って」しまう部分が、どうしても避けられない。

 その分だけでも1週間で約「2倍」、2週間で「4倍」程度までは、今は見えていない「隠れた感染者」が、本来は表に見えてきても不思議ではない。

 ところが現実には「急ブレーキ」のまるで逆、緊急事態宣言で「営業停止になるかもしれないから、その前に」と、衆議院議員が率先して、歌舞伎町の風俗営業に来店、長期滞在して「離党」などという、お話にもならない「日本の現実」を見せています。

 これは、上の急ブレーキの例で言うなら、信号が黄色、ないし赤に変わりそうだから、急いでアクセルを踏んで加速する、という行動に相当します。

 立法府のメンバー、つまり日本人が従うべきルールを決定する代表としての権利を託された公人が、このタイミングで取るべき行動では、絶対に、ない。

 でも、この議員一人がダメなのではなくて、日本全体の空気が

「仕事が大変で、そんなこと言ってられない」
「どうせ大したことはないだろう」
「自分は大丈夫」(若いから、8割は軽症だというのだから、風邪程度だろう)

 といった、無根拠な開き直りで動いているのもの、また現実の一側面であって、この衆院議員は「典型的日本人」として、代表的な行動をとったのに過ぎないとみるのが、正確と思います。

 日本人は「正しく怖がる」ことが苦手。というか、できない。

 これは2011年、3.11の後にもさんざん痛感したことですが、9年の年月を経て、何一つ改善していないことを強く憂慮します。