汚れなき力を取り戻す物語

――どんなストーリーなんですか。

磯野 高額な治療代を請求したり、既存の生活や治療のあり方を全否定する代替医療―話題になった血液クレンジングなどの健康法や、私が研究してきた摂食障害における糖質制限―にも共通するストーリーが「本来であればみんなが持っているはずの人間としてのすごい生命力を、もう一度賦活(活性化)することで幸せが訪れる」という筋書きです。

 このストーリーに説得力を持たせるために近年頻繁に使われるのが「免疫力」。感染症でもアレルギーでも、「免疫力アップ」で解決するようなイメージが今の社会には流布しています。「免疫力を賦活して、本来持っていた自然治癒力を取り戻せば、どんな病気とも戦える!」というものです。

磯野真穂氏(撮影:URARA)

 人類学者のメアリ・ダグラスは、人類は科学の力によって多く救われてきたはずなのに、20世紀後半あたりから科学は悪であり汚れであるとする、科学を「汚れ」のカテゴリーに入れ込む思想が見られるようになったと論じます。つまり清浄な人間が科学の力で汚れてしまったというイメージです。「清浄の世界にあった人間が、もともと持っている汚れなき力」を復活させるためのキーワードが免疫力であり、他方、人の持つ清浄性を汚すのがワクチンや薬剤である、というのがここで提示した代替医療あるいは反ワクチンによく見られるロジックです。「科学技術が支配する現代社会によって汚された私たちが自分の力を引き出して、もう一度甦る」という壮大なストーリーに多くの人が引きつけられます。そして、それは社会のある側面に目を向ければ完全に誤っているとはいえない。

『ダイエット幻想』(2019、ちくまプリマー新書)に書きましたが、2010年くらいから流行り始めた糖質制限ダイエットでは糖質が「汚れ」とみなされます。糖質は汚れた世界の象徴であり、それを食べる私たちはさらに汚れていきます。また、糖質制限ダイエットの面白いところは、本来持っている人間の力が糖質によって汚されたという考えだけでなく、「男性性の甦り」とも結び付けて語られることです。「俺は汚れた世界で馬車馬のように働き、糖質をたらふく食べて不健康になってしまったけれど、糖質を除去し肉をたくさん食べることで男らしく蘇る!」という物語が見られます。

 代替療法や、あるものを一切カットするといったストーリーは、うわべが全く異なって見えても、根本にあるストーリー構成は同じで、あとは少しずつバージョンが違うだけです。毎年、手を替え品を替え、新しい治療法や健康食品が出てきます。ですが論文を読む力がなくとも、このような治療法や食事法に共有する物語構成を知っておけば、そのような商品やサービスから距離を置くことができるようになるはずです。

<物語>
1、私たちは汚染された世界に生きている
2、汚染によって、本来持っている汚れなき生命が損ねられている
3、○○をすることによって(しないことによって)、あなたの眠っている本来の生命力が甦り、あなたの病気は治る。これ以上ない健康な体が手に入る。

――なぜ医学が進歩して、多くの人がその恩恵を受けられる状態になっても、代替医療は無くならないのでしょうか。

磯野 人類学者のセシル・ヘルマンは、プラセボはしばしば嘘の治療と言われることもあるが、患者の人生に欠けているものを補う機能があり、それゆえに効果を発することがあると解説しています。私はここは代替医療を考える際に見落としてはならない点だと考えます。代替療法が病を患う人に必要なものを提供できている面があるのでしょう。生活に窮するくらいまで、代替医療にお金をつぎ込んでしまう人々もいる。「あなたの考えは誤りで、正しい情報を持っているのは私である」という態度ではなく、「絶対的に正しい答えはないけれど、あなたが必要なことをともに探していきますよ」という態度こそが患者さんに希望を与えるのではないでしょうか。