ステージ2:視認
 2つ目は、情報量の増大に比例する管理の手間を、情報の視認性を高めることにより解決を図る、つまり「情報の見える化」のことです。人事情報で言えば、最近流行りのタレントマネジメントツールを使って9BOXをワンクリック表示させる、労働時間や会議時間のダッシュボードを作って時間の可視化を図る、などがこのステージと言えます。このステージは機能面で高度・複雑な処理を要さないため、金額や時間といった導入コストのあまりかからないツール類が数多く出てきています。また、ステージの目的から「見た目」や「操作性」が重視されることも相まって、各担当者や各部署の好みにより似たようなツール類が様々に導入されがちです。そのため、類似ツールの乱立により現場の入力負荷と不満が高まる、ツールベンダーの淘汰により突然サービスが停止してしまう、などの課題が起こりやすいと言えます。分析や創出といった発展的用途を提供するツール類が魅力的に見えて導入したものの、視認ステージの組織では使いこなせないというのも課題もありがちです。あるアメリカ企業では採用関連だけで100近いアプリ・ツールが導入され、誰もその全体像を把握できず、コストも歯止めが利かなくなってしまっていたという事例もあります。このステージが抱えがちな悩みは万国共通のようです。

ステージ3:分析
 3つ目は、複数の情報を組み合わせることで情報間の相関や因果を探求し、より効果的な打ち手につなげようとするステージです。ステージ2「視認」との違いは課題解決のためのキードライバー(主要素)を探ることにあります。例えば、会議時間に参加者の時間単価を掛け合わせて会議コストを出すだけであれば「視認」ですが、そこから「定例会議が○割を占めていて効率化インパクトが大きそうだ」とか、あるいは「○階層以上が参加する会議は会議時間が長くコストが膨らんでいそうだ」とか、打ち手につながりそうな示唆を読み解き、施策展開につなげているようであれば「分析」ステージです。

 このステージでは、分析リテラシー不足に起因する課題が多く見られます。分析とはFact(ファクト=事実)に基づくもの(ファクトと呼べないようなデータを分析する例も多く見られますが……)ですが、相関や因果を「探求」する手段であり、絶対的に正しいというわけではありません。よって、正しい分析の使い方とは、分析結果を見て議論を重ね、より「確からしい」仮説を組み立て、検証することにあるのです。しかし、このリテラシーが欠如している組織では分析結果が独り歩きしてしまう、あるいは議論の場でこそ本領を発揮するBIツールのような道具が単なる可視化ツールとして使われてしまう(結果、エクセルと変わらない、などと言われる)といった課題が起きがちです。

 このあたりからHRDXならではの課題も出てくるようになります。例えば、パーソナル情報を限定開示すべき対象が、データバイアスの起きやすいシニア層と重複するためデータ活用が進まない、最終的に処遇へと結びつく可能性からデータの「正確性」が必要以上に問われて進まない、といった事例もよく見られます。

ステージ4:創出
 4つ目は、ステージ3「分析」の仮説検証サイクルをより早く・多く回し、そのラーニング結果から分析モデルを発展させ、新しい価値を導き出そうとするステージです。検証を繰り返すことでこれまで気づかなかった何かを発見しようという位置づけなので、機械学習や深層学習などのAIをイメージすればわかりやすいでしょう(機械学習はそれ自体に探索の意図はありませんが、処理工程の発展を通じて対象領域の拡大や柔軟性など新たな価値につなげるという意味でここに含めています)。HRに限らず、DX全体にとって今は発展途上のステージです。そのため、あまり多くの事例はありませんが、履歴書判定をするAIは有名ですし、最近では膨大な人事情報をAIに処理させてみよう(何か新しい結果が出るかもしれない)という企業も少しずつ出はじめてきています。

 このステージは、主にROIと個人情報という2大課題が顕在化するステージです。ROIは探索的(ゴールの不透明)なアプローチを前提とする場合に生じる課題であり、特に「AIはなんでもできるだろう」と、AIに対する理解が十分でない組織で見切り発車してしまった場合に起きがちです。個人情報はHRにおいて問題が顕著ですが、必ずしもHRに限った話ではなく、探索的、つまり目的が不明確な形で個人情報を扱うことになりやすいため、そもそもの情報の扱いに対する同意取得・合意形成が難しい、仮に新しい発見があったとしてもすぐに活用につながらない、などの問題が生じます。ある採用支援企業が出した「内定辞退率」という示唆が、個人情報の目的外使用であると指摘された例は記憶に新しいでしょう。

 以上がHRDXを発展させる4ステージとなります。みなさんの組織は今どのステージでしょうか。頻出課題として挙げたような問題は起きていないでしょうか。問題解決のために、あるいは次のステージに向けてどのようなことをやっておくべきでしょうか。次回は、HRDXを発展させるための主要施策についてご紹介します。

著者プロフィール

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープルアドバイザリーサービス シニアマネージャー
吉田 尚秀

医学部を卒業後、外資戦略コンサルティングファーム、外資組織人事コンサルティングファーム等を経て現職。組織人事コンサルタントとして国内外企業のタレントマネジメントや人事評価・報酬等の仕組み設計支援に数多く従事。分析的・科学的アプローチに精通したバックグラウンドを豊富なコンサルティング経験と掛け合わせることで人事領域におけるビッグデータやAIなどの先端技術活用をリードしている。第3回HRテクノロジー大賞(経済産業省後援)統合マネジメントサービス部門優秀賞受賞。

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