伊集院静さんの小説『いねむり先生』を読むと、悩める人を救済するという行為は決して誰にでもできることではなく、実は奇跡的なことなのだ、とも思わせられる。
どん底の状態にいる人を励まし、元気づけるのは、大変なことだ。
テレビをはじめ様々なメディアで、タレントやキャスターらが東日本大震災で被害を受けた人たちに向けて、頑張ろう、頑張ろうと連呼している。
誰もが被災地の人を励ましたい、勇気づけたいと思っている。だが、その言葉が本当に被災者の心に響き、元気を与えられるかとなると、話は別だ。
他人の苦悩を理解できない人が、遠くから通り一遍の励ましの言葉を投げかけたところで、うつろに響くだけである。人を救うというのは、そんなに簡単なことではないだろうと思う。
ところかまわず寝てしまうという病気
『いねむり先生』は、絶望の淵にいた1人の青年が救済される小説である。ストーリーは伊集院さんの実体験がベースになっている。
主人公のサブロー(若かりし時の伊集院さん)は最愛の妻(女優の夏目雅子さん)を亡くし、深い喪失感と虚脱感からギャンブルと酒にのめり込んだ。
重度のアルコール依存症になり、長らく影をひそめていた分裂症が再び表れる。幻聴、幻覚に襲われ、暴力を振るうようになった。まさに心身ともにボロボロの状態になってしまっていた。
そんな時に知人から紹介されて出会ったのが、「先生」だ。
先生のモデルは、小説家の色川武大(注:1929~89年、代表作は『狂人日記』『離婚』など)さんである。またの名を阿佐田哲也。多少なりともギャンブルをしたことがある人なら、その名は知っているだろう。博打小説の金字塔『麻雀放浪記』を書いた、あの「ギャンブルの神様」である。
なぜ「いねむり先生」なのかというと、ところかまわず眠りに落ちてしまうからだ。ナルコレプシーという病気のため、競輪場でも、麻雀を打っている最中でも、時と場所におかまいなく、いきなり眠りだしてしまう。