数々の名曲を生み出した音楽の父バッハが他界して270年。1724年の聖金曜日(4月7日)にライプツィヒの聖ニコライ教会で初めて演奏された曲が《ヨハネ受難曲》だ。新約聖書の四福音書の1つ「ヨハネ福音書」のイエスの受難を題材にした曲だが、他の福音書からもテキストが取り入れられている。バッハ研究の第一人者である礒山雅氏が《ヨハネ受難曲》に秘められたバッハの思いにせまる。(JBpress)
(※)本稿は『ヨハネ受難曲』(礒山雅著、筑摩書房)より一部抜粋・再編集したものです。
「共観福音書」と「ヨハネ福音書」
《ヨハネ受難曲》は、われわれに大きな感動を与えてくれる作品である。栄光に向かって歩むかに見えながら捕縛され、鞭打たれるイエス。十字架上で母と弟子に声をかけ、「成し遂げられた」という言葉を残して他界するイエス。そのさまをなすすべなく見守り、埋葬し、追悼する人々――。
語られる出来事は特殊な1回限りのものだが、われわれはそれを眼前に見えるがごとくに立ち会い、自分自身の苦難や死別の経験と照らし合わせて共感し、感動へと導かれる。
バッハは18世紀のルター派プロテスタントとして、彼なりの前提のもとに、受難と取り組んだ。その前提とは、一方ではルターとルター派神学者たちの受難観であり、他方では、代々の音楽家たちが取り組んできた受難音楽の発展である。
「マタイ」「ルカ」両福音書は、「マルコ福音書」を前提とし、そこに情報を加えて成立したものである。したがって、「マルコ」「マタイ」「ルカ」三福音書には内容や構成において一定の共通性があり、これらを「共観福音書」と一括りにする伝統が定着している。
それはすなわち、四つ目の「ヨハネ福音書」が、語彙・文体・内容のいずれにおいてもはっきり趣を異にするということにほかならない。「マルコ福音書」を踏まえたことが確実な箇所は見当たらず、マタイ、ルカも、直接の情報源としては用いられていない。時代的には一世紀の最期の15年間、おそらくは90年代に成立したものと考えられている。
バッハの《ヨハネ受難曲》はヨハネ福音書の第18、19章を基礎テキストとしながらも、2つの箇所において他の福音書の記事を引用している。「ペトロの否み」に続く部分と、「イエスの死」に続く部分である。